2009年10月19日

ベンチャー隊長の行く末

いまのところなんとかお役御免にならずに隊長の任についている。

だが、どうもこのまま安泰、とはいきそうもない思いがここ1〜2年
ついて回っている。

この際どちらが良い、悪いは一切言わないことにするが団の方針
(そんなものがあれば、の話だが)と私の活動方針、活動理念は
軌を一にすることが難しくなっているような気がしている。
団としても今のところは私以外にVS隊長の任につける人間がいないので
任せているが・・・、というニュアンスをそこかしこで感じる。

まぁ、それが当方の穿った見方であるのならそれに越したことはない。

非常に口はばったいが、この活動の原理を念頭におき、基本的な7つ
の教育法に則って活動しているつもりである。
そして数多ある青少年育成の方法のなかで「あえて、ボーイスカウト」
であることを選択して活動しているつもりである。

だが、そこがどうもうまくいかない元なのかも知れない。

私はスカウターでありたいと思っているし、ボーイスカウトである
ことに必然性を感じている。

だから経済的に制服を揃えることが難しい、といった特殊な事情の
無い限りは活動は制服にて行うもの、と思っている。


ところが昨日、当団BS隊が出掛けて行った夏の県キャンの慰労会
は「制服不可」のお達しが出ていた。
指導者が労をねぎらって夜、一席もうけた、というものではない。
スカウト、指導者をとある団の野営場に集め昼間から集会を行うのである。
なぜ、制服を敢えて不可として身分を隠すような活動をするのかが
どうにも理解ができない。


よその話ばかりではない。
当団の団行事が来月実施される。
この行事はBVS,CS年代のリクルートが大きな目的であり
間口の広さ、ハードルの低さに留意しているのはよくわかる。
だが、それでも「制服不可」で実施するところがやはり私には
理解ができない。

昨年から実施されているので今さら驚きはしないが、なんとも
釈然とはしずらいところである。



ボーイスカウトはやはりレッドブックに載せるのが妥当なのかな、
と思うような出来ことである。
posted by It's classified. at 08:01| ☔| Comment(23) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月08日

ボーイスカウト・・・それ、なに?

本当に久しぶりの更新である。

今までならば表で書いているハズの記事なのだが最近、これまで
ほとんど私の行動に無頓着だった比較的身近な業界関係者が表を
見る様になったらしく、そこに端を発する非常に面倒くさい事態
がいくつか重なっていたのでこのところ表を書く筆が非常に重い。

そんなわけで書かずにはいられない驚いたことをここで書いて
しまうことにする。

あらかじめお断りするが、万一あなたが間違ってここにたどり
ついたとしてもここに書いてあることは日本のどこかで起こった
ことかもしれないし、記事からその「どこ」を推定することが
できるかもしれない。
たとえ、そうだとしてもそれが的中している保証はないし私は
決してそれを明かしはしない。

ここの記事をもってどこかのだれかを攻めるようなことをするのは
まったくの不毛だ、と承知のうえでご覧いただくか、さもなければ
ここで引き返されることをお勧めする。




・・・・ここからはあなたが、この記事をただの読み物としてのみ
取扱い、実在のどこか、だれかとは結び付けて考えない、という前提
で書いていく。



今年は全国で県キャンポリーの当たり年である。
私の友人たちの県連でも多くの県キャンが実施されている。
なかには、目を見開くような内容で実施した県もお見受けするし
あるいは泥縄の開催にようやくこぎつけたようなところも残念ながら
みかけるような気がする。

当方の県でも県キャンポリーが実施された。

ベンチャーの参加もOKという開催内容だったようだが、基本的には
ボーイ部門の行事であり、私個人はこの県の行事には既に一切の信頼を
置いていないので積極的に関わるつもりはなかった。

ただ、そうは行ってもうちの隊の1名は地区のある集団の1員として
参加することになっていたし、上班として当団BS隊に派遣している
スカウトもそのまま上班として参加するので私としてはまったくの
無関心ということもできない。

地区の参加対応は地区派遣隊を6隊編成し、そのそれぞれに地区内の
4団程度のBS隊が参加し班構成をつくり指導者も各原隊から参集編成
してこのキャンポリーに参加する。

小型のジャンボリー予行演習といえばいえないこともない。


各派遣隊はそれぞれの隊長の方針によって運営されるのでそれぞれに
一言では言えない違いは存在するはずである。

私も14NJで派遣隊長を務めたのでこうした派遣では活動方針を
つくり、徹底し、活動水準を設定するのが本当に難しいことを体験している。
活動のバックグラウンドも、平常の活動内容も、BS技能レベルも
各原隊それぞれでまったく異なる。

地区内のある派遣隊はこの県キャンを見据えて数ヶ月前から合同活動
を繰り返し実施しすでにアドホックグループの域を超えていたが、そうした
隊はむしろ希である。
うちのBS隊が参加した派遣隊も2〜3日の合同訓練を実施しただけで
今月始めの参加となった。
すでに合同活動の様子も話しに聞いていたのでいくつか心配はしていた
が、をの心配を私が直接口にするのは大きな他隊干渉にもなるので心配
を心配だけにとどめておいた。


そして出発の日、私はうちのBS隊が所属する派遣隊の出発を見送りに
出かけた。
朝7時が集合時間で、私は指定場所に6時45分に到着した。
すでに複数のスカウト、指導者、保護者がバスの止まっている脇の
歩道に集合しはじめていた。
派遣隊の副長がバスのトランクに格納する個人装備を集めたり、健康
調査票を集めたりはしていた。
だが、それ以外はなにも指示もでないまま、どんどん集まる人数は
増えていった。

それでもスカウトを整列させるでもなくただ歩道に三々五々集まって
好きに談笑しているだけ。
そのなかでもちろん役を背負った一部指導者は手順を進めてはいたの
だろう、7時を20分ほど過ぎた頃スカウトがバスに乗車を始めた。
一部の指導者が大きな声をあげて指示したようには記憶しているが
ともあれ、歩道に適当に集まっていたスカウトたちがそのままゾロゾロ
っと乗車していった。

歩道に残る見送りの指導者、保護者になにか挨拶でもあるか、と思った
がそうしたなにものもなくただ、バスの中で一部指導者だけが忙しく
人数確認(らしきこと)をやっていた。
そう、思ってみているとなんの合図もなくバスは静かに出発していった。

私は心底驚いた。
そして、それから少し間をあけて目の前の事態を理解することに務め
概略が飲み込めたあと、深いため息をついた。


キャンポリーだろうと、ジャンボリーだろうと、その他の派遣だろうと、
集合時間から出発までのあいだに

スカウトの整列もなければ点呼もない、
ソングもなければ隊長の話もない、
見送り代表の激励もなければ見送りにたいする感謝の礼もない。
弥栄も敬礼もいっさいなにもない派遣隊の集合出発。

私はこんなものを見たこともないし、存在すると考えたことすらない。

だれからも意見はなかったのだろうか?
派遣隊指導者陣にはこの光景の異様さに気づく方が一人もいなかった
のだろうか?


以前に他のところでも書いたと思う。
これらの指導者の方々も熱心な、奉仕の精神のある善意の方々なのだと
思う。 そのことに疑問はない。

だが、これらの方々は本当に『ボーイスカウト』の指導者なのだろうか?


願わくば、この光景は地区内6個の派遣隊のなかでもここだけの
例外的な光景だった、と思いたい。



だが・・・・・現地での開会式。
地区内6個隊のうち5隊は開会式に一部のスカウトのみ、とか指導者のみ、とかの参加だったと聞いた。
土砂降りの中の到着とそれにつづく設営でスカウトの健康、安全、あるいは
サイトの維持のための熟慮の上だったのだろうとは思う。
現地にいなかった私がうかつに発言しては不適切なのかもしれない。
だが、『うちのスカウトを参加させたくない』と言った隊長もいたそうだ。
なんとも釈然としない思いはある。


そして閉会式。
おどろいたことにうちの地区の6個隊だけが私服で参加したそうである。
SHQから私服で参加、という通達がでたとのことだし、よその地区も
直前の訂正連絡があるまで私服参加と信じていたとの話もきいたので
どこかで指示が錯綜した結果なのかもしれない。

だが、県キャンの閉会式、いったいどんな理由があったら私服参加が
ありえるのだろうか?
通達があっても尚、「ふざけるな!」という隊長が居ても不思議はなかった
だろうし、もっといえば閉会式に関して服装コードの通達がでる事態
そのものがおかしい。

制服以外のなにがあるのか?
なんの通達が必要なのか?

ウソか誠か知らないがSHQで私服通達を出した本人はきちんと制服で(富士略章までつけて)参加していたそうである。

私には正直、善悪を超えて理解不能である。


だが、この閉会式での一件、不思議と私が見送りで見た光景と
符合しないだろうか?

この出発ならこの閉会式でも不思議はない。
そう思ってしまうのは私一人なのだろうか?


ボーイスカウトであることをもう一度自分に問うてから9月の
新年度を迎えていただきたい、そう思わずにはいられない。
posted by It's classified. at 17:58| ☁| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月01日

新年早々

新たな年が明けた。

今年もわがVS隊では元旦の明け方前から初日の出集会を実施した。

巷では域内の寺社の初詣警備やら篝火奉仕やらで越年活動を実施
しているBS〜VS隊の話も結構耳にする。
なかには年末の火の用心の夜回りに参加する隊もある。

うちの団は昔から盆暮れ、GWには一切活動を入れない団だった。
新興の(ここ30年くらいの)住宅地であり大半のスカウト家庭
が地方に実家があり長期休暇は帰省などがある、という事情が
あるのは理解する。
だが、この活動にかかわった当時の新参者の私は越年活動のある
団がうらやましかった。

これまでもずいぶんと働きかけたが叶わなかった。
結局、家族の時間、自分の時間をスカウト家庭、指導者ともに
優先するのである。
全員がスカウト活動を最優先する、というのは無理なのかも知れない。
だが、団が端から盆暮れGWはダメと活動をはずしているのはどうなの
だろうか? 結局は活動にかける熱意の問題なのではないか、と
ずっと考えていた。

団として動けないのならば隊で動けばいい、とBS隊長に時代には
GWに国際仮装行列に参加した団代表のスカウトを応援する見学活動
を実施したりしたが、自身のWB研修とぶつかることも多かった。
年末年始は想いはあれど実現しなかった。

VS隊長になり、昨年から元旦の初日の出集会を計画し実施した。
もちろん帰省などでこの地にいないスカウトに無理は言わない。
だが、この地にいるのなら1年の計たる元旦に集い、初日の出に
その年の抱負をちかうのも益のあることと思った。
スカウトに諮ると二つ返事で「やりましょう!」という声。

結局、団の方針は大人の都合だったのだ。
気をよくした私は私の家の恒例になっている大晦日に仕込む雑煮を
持参してスカウトに振舞うことにした。

活動の中身はどうということはない。
元旦のまだ暗いうちに集い、今年の抱負を話し、近くの神社で
初詣をして初日の出にむけて1年の活躍を誓う。
そして雑煮を食べて解散である。 せいぜい1時間半か2時間の活動。

昨年は団内に1ヶ月前から告知しておいた。
だがスカウトも指導者もVS隊以外からは誰も来なかった。
ただ一人、私がスカウターと認める団相談役だけが「朝の散歩の
ついでだぁ」と言いながら顔を出してくれた。
団からはこの有様だが隣の団のVS隊長がひょっこりと顔をだして
くれた。


そして、今年。
初日の出集会自体をスカウトがどう捉えているかも気になっていた
ので前回の隊会議で諮ってみた。
案の定、「やりましょうよ。 行きます!」
安心して元旦を迎えた。
ことしも団内に一応の告知はしておいた。
昨年のこともあるので公式ルートでは流さなかった。
その気があれば、程度の非公式ルートだったがBS隊、CS隊の要所には
届いたはずである。

そして今日。
やはり団内からは誰も来ない。
その代わりにまたしても隣の団の今度はBS隊長が息子のBSスカウト
をつれてやってきた。

焚き火で暖をとり、初詣をして雑煮を食べる。
日の出時刻が近づき、上着を脱ぎ制服姿で整列、敬礼で日の出を迎える。

寒さも手伝って凛とした空気が流れる。


スカウトは私の意図をきちんと捉えてくれる。
都合を言うのなら今日やってきたスカウトは全員元旦の今日もアルバイト
の予定が入っていた。
一人にいたっては初日の出を迎え終わるや否や年賀状配達のバイトに
走って向かった。 
集合は朝の5時45分である。

やる気があれば当たり前にできるし、面倒だ、大変だ、といえば
それで終わってしまう。


残念でならないのはこのVSスカウトたちの活動を
「いいですねぇ」とほめる団指導者、隊指導者は多くいるのだが
では自分も、では自分の隊でも、と腰をあげる人はいないことである。

どなたかの日記にあった。
指導者とは始動者でなくてはならない、そうである。

この団の関係者が自ら一歩踏み出すのはいつになるのだろうか。
posted by It's classified. at 14:40| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月25日

呆れた

またしてもしばらく振りの更新である。

先日、年末の団会議と団忘年会があった。

その前日にはVS隊の隊会議があったのだが、そこで大きな議題は
年明けの旗揚げ式の開会セレモニーだった。

2ヶ月前の団会議で正式に開会セレモニーをVS隊に依頼する、
という決定をもらっていたのでずっと準備をしていた。

そのなかでセレモニー最後にちかいとおきての唱和を提案し
VS隊の中では決定していた。
上班がその決定をBS隊集会で披露しBSスカウト全員もちかいまで
しかと覚えて諳んじられるように、という提案をしたら一部隊指導者
から「ちかい」は生涯一度、という横槍が入った話は前回書いたと思う。

すぐに私のほうでBS指導者全員にちかいの儀式と再確認のための
唱和は別であり、「ちかいとおきての指導」でも推奨されている
旨、さらには先輩指導者、LT経験者、地区コミの「是非やってください」
発言を添付してメールを配信した。

その後のBS隊長との話で、私はそれで問題がなくなった、と認識していた。

で、VS隊会議にて上班に「ちかい、おきて」のBSスカウトへの準備状況を
確認したらまったくなにもしていないというテイタラクに私は雷を落とし
即座にBS隊長の確認をとったうえで早急に準備活動をするように指示した。

するとその日の晩に、BS隊長に連絡をとった上班からSOSがはいった。
BS隊長いわく、「ちかいとおきての唱和の実施は未決定だから団会議での
決定以後にするように」とのこと。

またしてもこめかみで何かがプチっと切れた音がした。

上班には翌日の団会議で必ず了解をとるので心配しないようにつたえて
団会議に乗り込んだ。

まず、式次第、内容はVS隊に任されていたことを確認。
さらにはちかいとおきての唱和について実施計画を前回団会議で報告済み
であることを確認。
さらには一部BS指導者の「ちかいは1度」発言にたいしては論拠をあげて
説明済みであることを確認。

そのうえで実施の了解を改めて求めた。

これだけだって「あ〜〜面倒くせぇ」と思ってはいた。
だがこれが大人の手続きならば仕方が無い。

そして一部BS指導者も了解の上で決定が為された、その直後に
某隊隊長がとんでもない発言をした。

「20人とか30人がいっせいに誓いを口にするんでしょ、
 周囲の人はきっとヒキますよ。」

どうやら一般参加者や体験見学者がその光景を見て引くことを
懸念しているらしい。

それまで出来るだけおとなしく話していた私の堪忍袋が切れた。

「引いたらどうだって言うんですか! これはボーイスカウトの
 活動だし、我々はボーイスカウトなんですよ!」


いったい、何故、ボーイスカウトであることを画してまで人集め
をしなくてはならないのか。

実は前回嘆いた、集客イベントでのスカウト制服着用禁止とまったく
同根の情けなさがそこにはある。

敢えて言うが、そこまで世間に「迎合」して入隊を募っても、入隊後に
絶対にボタンの掛け違いが露呈して途中退団に繋がるだけである。

聞いた話だが一部大学ローバーが人集めの為にボーイスカウトであることを
隠し、部外者にはよくわからない凸凹大学ローバースの名称のみで新人勧誘を
実施し単なるアウトドアサークルを装い、5月ころの新人歓迎キャンプあたりで
オズオズと「実はオレ達ボーイスカウトなんだ」と制服を恥ずかしそうに
取り出す、という例を聞いたことがあるが、このような勧誘をして仮に登録が
多少増えたとしてそこにどんな意味があるのだろうか?


前回の制服禁止のイベントではBS隊、VS隊はそれでは協力できない、として
参加しなかった。


今回の某隊長の発言についてはほかの指導者も折角きまったことが
振り出しにもどることを畏れて、「もう決まったのだから、まずはやってみましょう」と再議論にはならずに済んだ。


だが、こうしたことを言い出す指導者がいる、こと自体、先が思いやられるのである。

ご本人の名誉の為に付け足せば彼は活動は非常に熱心であり楽しいプログラムを
いくつも考え出す。 スカウトにも人気は高い。
だが、この例でもわかるとおり「スカウター」ではないのだろう。

そのことに本人は気づいていないところが問題なのだが・・・・。



正直、呆れてモノが言えない。
posted by It's classified. at 18:12| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月16日

活動の意味

先日、地区のBS部門の行事として通称『GBT』なるものが
行われた。

もともとは班長合同訓練であった。
それが約10年前の見直しで『訓練』であってはならない、と
いうことになり今では班長合同活動という想定になっている。

ところがそこにおけるボタンの掛け違いは大きく、
主催側は合同活動といい『訓練』であることを否定する。
なによりも参加スカウトは原隊にて『充分に』班長訓練をうけて
いる現場の班長である、と想定している。
ところがスカウトを送り出す原隊ではその大半の隊長がこの活動を
今でも『班長合同訓練』と思っている。

もっといえば原隊内で充分に実施することのできない班長教育を
隊に代わって施してくれるありがたい機会、ととらえている。
実は開設側だってそんな実態を知っているにも関わらずいまでも
あくまでも合同活動であり参加者のレベルは確保されている、と
言い募っている。

その割には担当団方式であつまった実施スタッフでハイクを担当
することになったある隊の隊長が自分の隊の活動を念頭に、班長だけ
が集まっているのならばせめてこれくらいのレベルのものをやりたいね、
そう考えて苦心の上つくりあげたプログラムを執行部は
『こんなレベルについてこられるわけないでしょ』と一蹴し
カスみたいなプログラムに変更した。

「充分に訓練された」スカウトが集まるんじゃなかったの?


ことほど左様にどうにもならないダメな計画とダメな実施だった。

もちろん私が何度も吼えるとおり、こうした合同活動はたとえ
そのプログラムがどんなにダメなものであっても、そこに参加した
スカウトにとっては他隊のスカウトと知り合い交歓するだけでも
楽しいことであり、益のあるものとなる。
だが、こうした副次的な効果を免罪符として本来のプラグラムの
ダメさを言い逃れることはできない、ということをいまのこの地区
はまったく自覚していない。


まあ、このプログラムそのもののダメさはほかでも散々書いたし
他の指導者も書いているからこれ以上は言及しない。


今回は私にしては珍しくあるスカウトについて書いてみたい。

ここには数名の地区内のVSスカウトが奉仕に出ていた。

執行部はその奉仕参加のVSスカウトをまったくの「人足」として
あつかいお手伝い以上のものとして扱うことをしなかった。

VSからの意見はほぼ聞かず、却下し、訓練されたVSスカウトから
はどうにも容認できないようなプログラムを展開していった。

だが、その奉仕参加もいろいろなんだ、と痛感したことがあった。


ある団のVSスカウトが隊付として参加していた。
このスカウトは今回のGBTの中枢スタッフを任じたある指導者の
子息であり、地区が誇る(と一部指導者が思っている)カラーガード
隊にもう2年所属している精鋭(と一部指導者と保護者が思っている)
スカウトだった。

このGBTの開式での国旗掲揚がカブではあるまいし何故だか
初めから国旗を掲揚ロープにセットしただ揚げるだけという方式だった。

そしてあるVSスカウト(今問題にしているスカウトとは別)が
旗手を務めた。

ところが、あろうことかこの国旗のセットが逆向きになっていた。
つまり掲揚していくと旗よりもずっと先に結び目が竿頭の滑車に
ひっかかって「半旗」になってしまう。
この旗手は大恥を書いて再度やり直しをした。

セレモニーが終わりこの旗手を務めたスカウトは悔し涙を流した。

もちろんこのスカウトがセットした旗ではない。
だが旗手である以上、旗を手にした際にこのセットミスに気付き
自らやり直して掲揚する義務があったしその程度の技量は要求された
はずだった。
このスカウトがそのことが分かっていたからこそ悔しくて涙した。

そのスカウトのそばにこの旗をセットしたスカウトがいた。
カラーガードで2年も活動していたスカウトである。
このスカウトは自分のミスの照れ隠しかへらへらと笑いながら
「ばかだなぁ、ヤバイと思ったら反対側から(旗手の側から)
揚げちまえば良かったんだよ」
そう旗手を務めたスカウトに言葉をかけた。

日の丸の掲揚については朝にに模して掲揚柱を出来るだけ北側に用意し
東から朝日が昇る様を模している。 つまりむかって右から(副手側
からの掲揚になる)が鉄則である。
新米スカウトならばともかく、ほとんど活動実態のないスカウトに
無理やりやらせたのならともかく、
カラーガード隊のプラッグを右のポケットに誇らしく縫い付けたスカウト
の台詞だろうか。

私はどうしても許せなくなり
「カラーガードの所属するスカウトが国旗の扱いを間違えてどうするんだ!」
と一喝した。

するとこのスカウトはにやにやと笑ったまま
「カラー隊で国旗なんて使いませんから」
悪びれずもせずにそう言った。

カラーガードとは一国の国旗、あるいは一隊の隊旗を護る守護隊
が期限である。
サバイバルゲームを見れば判るとおり旗を奪われた時点でその戦いは
負けなのだ。

旗の守護隊というのはその隊の誇りであり最精鋭部隊である、本来は。

そのカラー隊に2年もいるスカウトがこう言うのである。

言いたくはないが一体そのカラー隊ではなにをどのように指導しているのだろうか?

そのスカウトの親でもある某指導者はどんなつもりでこうした愚かな
スカウトを野放しにしているのだろうか?

私は心底腹が立って、マジでぶん殴ろうかと思った。

だが、すぐに悲しくなり、もうこうした連中を相手にしても仕方が
ないんだな、となにも言えなくなった。



これがこの地区のユースの実情であり、こうしたスカウトを
ちやほやしているんが一部指導者の実態なのである。


活動の意味をなんだと思っているのだろうか?

posted by It's classified. at 19:55| ☔| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月27日

なんかどうでもいい気分

先日、年度末の団委員会/団会議があった。
勿論出席した。

以前に書いたかどうか既に忘れているが私は丁度2年前に1度、自分の団に
大きな失望を味わっている。
自分の活動を団がどう評価しているのか、いや、もっと言えばこの活動を
どう捉えているのか、その本音が垣間見えた出来事があった。
この団で活動を続けていくモチベーションが極端に下がり、転団を模索しようと考えた。

だが、丁度BS隊長として手塩にかけて育てた世代がVS上進時期に重なり、
気を取り直し、原隊第一、と自分に言い聞かせ団とは多少距離をとりつつ
隊が十分な活動が出来さえすればそれでいい、と割り切り隊のほうだけを
向いて活動を続けてきた。

そして2年。
事態はもう不可逆領域に差し掛かったのかもしれない。
団全体がスカウト教育と組織運営のバランスを明らかに欠き、子供会にむけて
まっしぐらに進んでいる・・・・・そのようにしか思えない。

BVS,CSは一部保護者に迎合するような活動運営なりつつある。
BSは人数減少、出席率、上進率の低下に歯止めがかからない。

そして団執行部はなぜかは知らないが非常に強固な「意図」を持ち始めている。


予算消化についても本当に必要なところに原資を投下するのではなく
「予算」承認されたことが最優先となり、予算そのものが費用隊効果を
考えてその消化が不合理だ、と申し出ても予算承認されているのだから
その金額を消化しろ、と今時、役所だってやらないようなことをやっている。

そのクセ、教育効果向上をねらって新たな予算申請、あるいは予算の転用を
申し出ればそれはまともな議論もなく却下。

団が真剣に考えて結論を出すべきことを地区がやらないから、県がなにも
言わないからといって議論すらしない。

県や地区の御用下部組織にこの団は堕してしまったのだろうか。


なによりもショックだったのはこの団の執行部はスカウトの進歩、進級に
そほどの興味がないということがはっきりとわかったこと。
菊が出ようと、富士を目指そうと一通りのお褒めのことばはあるのだがその名誉を本気で称えようという気持ちはついぞないのだ、ということが明白になった。

活動を地区1、県下1、そして日本1にと目指すこと自体、
「そんなに突出する必要ないでしょ」と
明言された。

うちの隊はスカウトの総意として「ベンチャー憲章」でその活動を
規定している。

そして、そこには
日本一を目指す、 とか 富士章取得を目指す、
と明確に書かれている。

これを団が否定したわけだ。


その上、今年からは何故だか各隊の指導者人事に強い思惑を反映させようと
している。
隊側からあがった人事案に対して執拗に変更をもとめ、ほとんどコジツケと
いうような議論までぶつけてその変更を通そうとする。
BS隊の人事ではギリギリで隊側の主張を通したが、VS隊に関しては要求もしていない副長を
押し付けられることになりかかった。
結局、当の本人の意向もありこれもギリギリのところでインストラクター
で落ち着いたが、
このVS副長をいきなり打診(任命に近い)されたBS副長の意向も
この副長を活動の核と考えていたBS隊長の意向も、そしてなによりも浮け入るれVS隊長たるオレの意向もすべて無視して、いきなりの半ば決定稿としての打診である。

失礼のもほどがある。

悪意に受け取ればここまで執拗にVSに副長派遣を強硬したいという裏側には
オレから隊を近い将来取り上げるという意図があるのだろうか?


口幅ったいが、BSで副長、隊長として5年。
それまで5〜6名だったBS隊の活動人数を登録数25名、通常活動人数
20名以上。 CSからの上進率80%以上(実質100%)。
更には20年ぶりの菊章を毎年輩出できるようにしたとたんに、私のやり方を
嫌悪する一部(2名ほど)の指導者の上申を取り上げてBS隊長を交代させた。

そして2年後、それまで活動実態がまったくなかったVS隊を6名程度の隊
とし年間50日以上の活動実態を作り上げ、それまで一人もでなかったアワード取得、宗教章取得もなり、いよいよ富士章取得が見えてきたら、またぞろ同じ事をやろうとしているのだろうか。


正直言ってもう団には愛想が尽きた。
幸い各隊にはこうした団の所業に不快感をもっている、隊の活動に目をむけている
指導者が数名いるのであとしばらくはなんとか踏み度とまろうと思う。
今のVSの富士取得も見届けたい。

だがそのあとは・・・・・・状況がかわらなければもういいや。
そんな気分もしてきている。


2年くらいしたらどこかにVS隊長の募集はないだろうか。
posted by It's classified. at 09:15| ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月21日

考えられない! ・・・・その3

この3連休初日にはうちの隊で隊フォーラムを実施した。

そこには5つの団から6名のゲストスカウトが参加したのだが
その冒頭、開式儀礼内でうちの議長スカウトの韓日フォーラム派遣の
壮行が行われた。 奇しくもこの日にゲストとして参加した他団のスカウト
1名も同じ韓日への派遣スカウトであったこともなにかの縁かもしれない。

さらには直前に第一プロジェクトの完修を認定された2名のスカウトへの
アワードの授与も行った。

これらは当初からの予定であり、そのために地区コミにもおいでいただくように
手はずを整えていた。
韓日派遣については団から餞別もでることが決まっておりその授与も
この場で行っていただくことになっていた。
当然だが団委員長には出席を依頼しており前回団会議でも了承されていたはずだった。

ところがその後、都合3回メールにて確認をしているのだがただの一度も返信がない。
メールでの連絡に対して返信のないのはうちの団ではまったくふつうのことなので(この時点ですでにおかしい)
当日を迎えた。

朝、前団委員長(現相談役)から連絡があり、地区コミが来るのなら俺もでるよ、といってくれていた。

そして定刻。
地区コミも相談役もおいでになっている。
スカウトもそろっていてさあ、セレモニーも始まる、という段になっても結局団委員長の姿はなく、電話の一本さえなかった。
正直、驚きはしなかったがなんとも情けなく、涙も出ないというのが感想だった。

セレモニー自体は相談役と地区コミに言葉をいただきまったく問題なく修了したがそういう問題はないはずだ。



そして、今日。 BS隊の中3スカウト1名が先月末に地区の進級面接を修了しており菊章の授与をうけることになっていた。
旧知のPG委員から朝連絡をもらい、記念写真を撮ろうとおもっていたので連れ立って団野営場に向かった。

スカウトが集まり、菊を受けるスカウトの保護者も到着した。
地区委員も到着したし、前述の団相談役もおいでになった。

だが、またしても団委員長はなんの連絡もなくその姿を現さなかった。

式そのものは相談役がおいでだったので恥をかくようなことだけはなかったが
それにしてもである。

一体どういうつもりなのだろうか。

伝え聞いたところでは今期で団委員長を降りる以降らしい。
だが、そうしたことと今回の2件の不祥事(あえてそう呼ぶ)にはなんの
関係もない。
任期の最後に海外派遣の選考に通ったベンチャースカウトが出て、
菊章を認定されるボーイスカウトが出た。
任期末を飾るこんなすばらしい花道はないとさえ思えるのにいったい
なにを考えているのだろうか?

仮にどうにもならない事情があったとしても連絡にひとつすら寄越せない
というのは団委員長という立場を仮に離れても通る話ではない。
団指導者だのスカウト教育だのという以前に成人として「アウト」である。


自分の団を信頼できない悔しさがお分かりになるだろうか。
posted by It's classified. at 19:04| 🌁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

考えられない! ・・・その2

地区フォーラムのテイタラクは前のエントリーに書いた。

そして先日、うちの隊では県フォーラムに向けて(出られる保証はないが)
更なる隊フォーラムを実施した。
日連が公開している全国フォーラムのサブテーマ案からしぼりこんだ
内容で開かれたフォーラムを実施しようと計画し地区内すべてのVS隊に
参加案内を議長名で送付した。

繰り返すが2000名の登録を超えるマンモス地区である。
VS隊の数だけでも20を越える。
だが、反応があったのは2ケ隊の隊長から不参加の丁寧な返事をいただいた
のを例外としてあとの20余隊の隊長からはなんの反応もなかった。

地区内の複数のVS隊長が期せずして集まる機会があった際にこの件が
話題にのぼったことがあるらしい。 だが、それも「またあいつがなんかやってるねぇ」程度の反応のようだ。
私のことをああだこうだ言うのは勝手にすればいい。
問題はそんなことではなく、各隊長あてに送付したこの案内の情報が肝心の
スカウトに伝達されていない、という事実だ。
いやいくつかはスカウトまで届いたケースもあるのかもしれない。
だが、大半は隊長のところで情報が止まっているらしいという事実。

そんななかで地区内から2名の参加希望が寄せられた。
これは以前からうちの隊の見学などで私にアプローチしていたスカウト
自身が私から直接情報を得て、自隊の隊長にこの案内の事実を確認し参加を懇願し了解をとりつけ参加表明してきたのである。
実際には自身の活動予定で参加には至らなかったが参加を希望していたスカウトも
あと若干名存在していた。

隊長たちが握りつぶした情報もスカウト自身は望んでいたという事実があるのである。

地区外にもこれまでにうちの隊を見学に来ていたところを中心に案内をだしておいたのでこちらからは複数の参加申込みがあり
結局、うちを含めて6ケ団、10名のスカウトで半日という短時間ながら
非常に中身の濃いフォーラムを実施することが出来た。

手前味噌で言うが、県には本来こうした準備を積み上げてきたスカウトが進むべきだと
考えている。 名目上の「平等」を振りかざし抽選なんぞで選考することこそ、きちんとした活動を自ら選んでいるスカウトに対して「不平等」になっている。


さらに今回参加した他団のスカウトが終会後に相談してきた。
プロジェクトの指導も技能章の指導も自隊ではなかなか受けられない。
複数の登録はあるが活動を望んでいるのは自分ひとりのため隊会議でも
実際の活動展開が選択されることはなく、閉塞環境にあるという。

非常に身につまされる話で、心が痛む。

私が持っているいくつかの資料とプロジェクトへのアドバイスを送る
ことを約束したのだが、
隊がどうあれ、隊指導者がどうあれ、実際にスカウティングを希求するスカウトは
この登録減少の局面でも確実に存在する。
そうした意欲有るスカウトにきちんとした活動ステージを与えられないのならば
隊も団も存在する意味はない。

地区コミにも相談しこうしたスカウトにできることはないか、という模索もはじめたところだ。
posted by It's classified. at 18:24| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

考えられない!

半年ぶりの更新になる。

これまでも腹の立つこともあったのだが日々の活動に追われて
腹立ちをきちんと記事にまで昇華させることのできないまま過ごしていた。


さすがにここまで書くわけには行かないな、ということもあった。

だが、もうさすがにいい加減あきれた。

どこから行こうか。


まずは地区がらみから。

今年は2年に1度の全国フォーラムの年である。
したがってそれまでに各県連盟1名の参加推薦者を選出する必要も
あるし、その機会ともなるように県フォーラムも開催される。

当然、県フォーラムには各地区から代表スカウトが参加するので
地区フォーラムの実施も必要だ。

そして、本来は地区フォーラムにスカウトを送りだすためにも、
そして地区や県に出られないスカウトの為にも隊フォーラムを実施し
隊での意見集約やフォーラムを経験する機会をもたなくてはならない。

本来ならば、である。

そしてそれらフォーラムの実施内容についても運営についても
出来るだけスカウト自信の手によって行い成人指導者は裏方や環境整備に
徹するのが本分のはずである。

本来ならば、である。


もうこの県、この地区のダメさ加減にはあきれるしかないが
本来の姿からは程遠い現状だった。 

わかってはいたけどね。

まず、地区フォーラム。

日程だけは4月の地区総会で明らかにされてはいたがその内容も詳細も
とんと公表されず、まあ本当のところは決定事項がなにもなく本番の2週間くらい前から泥縄のような仕儀で決定情報が各隊にもたらされた。

登録数2000を越える、ちょっとした県連規模を誇る地区でありながら
単地区では地区フォーラムすら実施できないテイタラクのために近隣
3地区の合同開催である。
しかもそのテーマは全国フォーラムとはなんの関連もないもの。
その決定の経緯にしてもきちんとした議論などなく会議を仕切っていた
とある団の育成会事情によって半ば強引に決定されたものだった。
なんで正論をぶつけて反対する声があがらないのか不思議でならないが
まあ、その程度の見識の方々が委員をやっているわけだ。

うちの隊では曲折を経つつも全国フォーラムに向けたテーマをもって
直前に隊フォーラムを実施のうえ地区フォーラムに臨んだが、当然の如く
隊フォーラムを実施してきた隊など他にはない。

隊フォーラムの報告議事録のコピーを持参して是非全国に向けた議論を、
と訴えてもなんだかんだでほとんど無視されることになる。

わかっちゃいたけどね。


そして、それが終われば次は県フォーラムである。

例によっていつまで待っても詳細が不明のままだったのだが今月(7月)
の初頭に県PG委員会から地区PG委員会に実施要綱が降りてきた。
各地区から5名の推薦をする、という参加枠もこの時に始めて公表された。

ところが我が地区PG委員会はこの件を審議していたのかただ抱え込んで
いたのかは知らないが2週間以上そのままあっためていた。
そして先週末にようやく地区フォーラム時に県への参加意向を示していた
隊にあてて案内が出た。
対象スカウトは11名。 でも参加枠は5名。
どうやって選考するのだろうか? その選考基準も明らかではないし
別段面接などが用意されているわけでもなさそうである。
たぶん11名のなかから数名は「やっぱりや〜めた」が出ることを想定
しているのだろうし、それでも5名を越えれば抽選にでもするのではないだろうか。 そしてそれが公平である、くらいに思っているのではないだろうか。

真剣勝負の地区フォーラムを実施しそこできちんと「選考」する、なんていう概念は
はなから持ち合わせていないのだろうから、(その証拠に地区フォーラムは本当のフォーラムとは似ても似つかないフォーラムの説明講習会の域を出ないものだったしなによりも最終の合意形成たる決議文採択をしていない!)その程度の認識なんだろうと思う。

うちは当初から真剣に全国を目指して隊フォーラムを実施して地区に参加した。
さらには県にむけて更なる隊フォーラムを公開実施し意識を高めて準備をしている。

だが、くじびきで県への参加が叶わなかったらどうスカウトに説明すればいいのだろうか?
スカウトの参加姿勢が、スカウトのフォーラムへの理解が、そして意欲が参加に及ばず、と評価されるのなら致し方ない。
(うちのスカウトの姿勢ではまだ不足というのならそれはたいしたものである)
だが、そこまで真剣に考えての選考がなされるなんて考えられないのだから既にスカウトへの言い訳のしようはない。


だからこうした行事を『アリバイ工作』と言われるのだ。

各委員、各担当者は襟を正していただきたい。
posted by It's classified. at 18:09| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月27日

先輩スカウト

先輩スカウトの存在はあったほうがいい。

それは間違いないと思う。

ところが今のうちのVS隊のスカウト、特に高1のスカウトには
先輩と呼べるスカウトがいない。

いや、もちろんある時期には先輩は存在したが、彼らがBS隊で2年目
を迎えるころには退団したり、活動に来なかったりで実質的に先輩の背中
を追うことはできなくなっていた。

VS隊に上進した際にはその上進式の一週間前にそれまでVS隊に登録
していた2名の先輩スカウトが相次いで退団した。
それまでもほぼ活動には出ていなから実質はあまり変わらないのだが
ともあれ、そんな事情で彼らには先輩スカウトがいない。

私のようにスカウト経験のない指導者にはこの先輩がいない、ということの
意味が体験的に理解しずらい。

不遜な言い方だが「ダメな先輩ならいないほうがいいじゃん」と思ってしまう。

ところが、スカウトの立場からするとやはり先輩がいたらなぁ、と思うこと
は結構あるらしい。

活動そのものは自分達が頑張ればなんとかなる。
でも、雑談とかリクレーションの時間に先輩の存在があったらなぁ、と
思うことが多いらしい。


先日、うちの議長ともう一人のスカウトとミーティングが終わりある店で
コーヒーを飲みながら雑談していた。

「あれっ?」という声がして振返ると私の後ろに元スカウトの一人が
立っていた。

昨年、ある国立難関大学に合格したうちのOBである。
BSではそれなりにがんばったスカウトである。 最終的には菊スカウトに
進級した。

ところがなにがどうしたのか知らないが、その授与式に本人は来なかった。
その直後VSに上進したが、(この年に私はBS隊の指導者になった)
ほぼ活動はなかった。 地区のフラッグ隊に参加しそちらの活動は一年間つづけたことは知っている。
そのフラッグ隊経由の参加で13NJにも参加した。

それまでの団の歴史のなかではそれなりに優秀なスカウトだった。
だが、VSとしての活動はほぼないし、アワード取得もない。
隊の体制のとばっちりを受けた、ともいえるだが団行事への参加もほぼ
なかった。 最近はRSへの登録は保護者からの申し出でしていたがそれにしても
登録だけでここ数年どんな場面だろうと顔を見ることはなかったしこんどの登録では非継続になる。

そんな「元」スカウトが先輩スカウトとして姿を現した。
その場に居合わせたスカウト達は議長は顔は覚えていたが、もう一人は顔も
記憶がないと言い切った。

それから、その場で私たちがPJの経過について話をしていたのを受けて『自分の経験』を話し始めた。
だが、このスカウトにPJの履歴は無い。 アワード取得もないしVS章はとったらしいが、そのレポートは団には残っていない。

その話を聞きながら私は、そのスカウトには悪いが非常に不快な気分に
なった。 まともな活動をしていなかった「元」スカウトが虚構を取り混ぜながら経歴をひけらかす、そのことが不快だった。
活動に魅力を感じずに活動から足が遠のいたのならそれはそれでいい。
だが、それならば何故、「先輩面」して後輩の前で風呂敷を広げたがるのか?
本人はアドバイスをしているつもりかもしれないが、その「元」スカウトがやっていた
スカウティングとは似ても似つかないことを今のうちのスカウトは実施している。

懐かしさでお茶でも一緒に、ならばそれでいい。
たとえある時期とはいえ同じ団で活動した仲間である。 懐かしい話に華を咲かせよう。
だが、「自分は富士は取る気はなかったから」とまずいい訳をしてから
訳のわからん自慢話をひけらかすというのは受け入れられない。


実は以前にやはりVS時代、RS時代(今でもRS年代だが)に何も
してこなかったOB(現隊指導者)が『先輩としてアドバイスしたい』と
言い出して隊長(オレだ)にことわりもなしにVSスカウトに召集をかけていた。

ソッコーで本人に連絡して「先輩が『たまにはお茶でもおごってやる』といって活動帰りにコーヒースタンドかどこかで皆にジュースでも振舞ってしばしおしゃべりならば是非おねがいしたいが、ミーティングであるのなら隊長承認なしでは困る」と話した。

とたんにその召集を中止してそれ以来VS隊に寄り付かなくなった。


活動らしい活動ができていなかった世代からみたら今の隊はたしかに
うらやましいだろう。 事実、前述のOBはうちの今のVS隊をみて
「もういちどベンチャーをやり直したい」と口にした。

しかし、先輩面をすることを第一義としていまのスカウトの前には立って
ほしくない。


やはり先輩にはその後姿で後輩を引っ張っていってほしいのである。
posted by It's classified. at 15:41| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月17日

日韓フォーラム

日韓フォーラムのことを書きます。

とはいっても、ここは「裏」ですからすこしやぶにらみで書きます。


今回の参加資格はあんまりハードル高くないです。
年齢制限が中2以上VS年代まで。 級、章についての制限なし。
アワードの制限もなし。

なんでBSまで資格を広げるのでしょうか?

自分が担当しているから・・・ではなく、これはその内容を考えても
VSのネタでしょうに。

自分を取り巻く世界や環境を見渡し、それについて論じる。
視点の明らかに違う外国スカウトとその視点の差異を確認しつつ
協調できるポイントを探しながらテーマに沿う自分達のアプローチ
を言葉にしていく。

出来ない、とは言わないがVS年代ならでは、の企画ではなかろうか?

最近のSAJのイベントはどうしてこうも年齢前倒しなのだろうか?

NJに小学生が当たり前に参加できるようになって久しい。

昭和30年代の前半にちーやんが語った夜話集に「ぐんぃてうかす」
としてNJに級を上げ底して年少者を参加させる愚について書かれているが
50年たっても一向に解消されないどころか、当たり前のことになっている。

中には非常に聡明で今回の日韓フォーラムに参加しても十分やれるBSスカウト
がいるかもしれないし、その存在までは否定しないがそれでもVSとして
のステイタスを含めてVSスカウトに限定することはできないのだろうか?

ジャンボリーの小学生はBS隊というくくりで考えたら制約をつけることが難しいのかもしれないが、
例えばどんなに優秀なBSスカウトでも日本ベンチャーへの参加資格はありませんからね。

と、SAJ側の参加資格の設定にひとこと苦言を呈したうえで、もっと問題はスカウトを送り出す原隊隊長の見識。

今回の参加は正確には「参加申込み」ではなく県連が「推薦」することになっている。
実際には県連が個々のスカウトを掌握してはいないだろうから地区の推薦に任せることになり、その具体的な行動は団(隊)からの推薦をうけて、となるわけだ。

ようするに隊が(隊長が)このスカウトを推薦します、といって送り出しているわけである。

本当に推薦できるだけのスカウトを送り出したのか?

もう毎度のことだが、あるスカウトは1週間前に隊長から「行って来い」と言われてなんだかわかんないままやってきていた。
たまたまそこそこの人数枠のある県連からだったからよかったものの1名枠の県連だったらこんなスカウトの為に参加できなくなったスカウトがいた、と考えたら目もあてられない。

だいたい1週間前にってことは申込み時点では隊長の独断でスカウトの意向確認もしていない、ってこと。
いったいそれでどうして本人が名誉を感じて参加することができるのだろうか?

また、冒頭で書いたBSスカウトの推薦も、とある団ではなんと同一のBS隊から中2のスカウトを5名送り込んできた。
その隊長は「資格が中2だったからなんでもいいから、と中2スカウト全員をもうしこんだ」と少しも悪びれるところがない。
まるで出した者勝ち、人数制限に引っかかったところはざまぁみろ、と言わんばかりの振る舞い。  それでいて、参加してきたスカウトはフォーラムの間中自隊の5名で固まって埋没しているし、たまたまその中の1名が開会式の宣言をすることになってしまい、まともに宣言できなかったというオマケまでつく。

代表スカウトの名誉もへったくれもあったものではない。


もうひとつ、揚げ足をとるが、今うえで書いた宣言である。
日本スカウトと韓国スカウトの代表がそれぞれ今回のフォーラムに
臨む姿勢を声たからかに宣言する、まさに名誉ある役どころである。

もちろん韓国隊は4隊のなかで選抜を繰り返し、選ばれたスカウトはその名誉をかみ締めながら用意万端おこたりなくその時を迎えた。

対して日本隊は・・・・前述のとおり中2のBS、それも2級スカウトだったのだが(おどろくことに初級スカウトまで参加していたのであるが)その代表者の選抜がなんともトホホな選抜方法だった。

直前に行われていたアイスブレイクのゲームのいちばん負けたスカウトに「罰ゲーム」としてその宣誓をアサインしたのである。
それを聞いた時に私はあいた口がふさがらなかった。
そしてそれを指示したのはSAJの委員であった。 この委員はLTであり研修所などでもそれなりの役どころを歴任している。
私自身このLTが主任をつとめる研修に参加し、なかなかの所員ぶりに感心していたので、なんとも残念でならないのだが・・・。

いったい宣誓の役どころというのは「罰ゲーム」でやらされるような
「やりたくない」「不名誉」な役どころなのだろうか?

普通に考えれば全国から「推薦」されてきたスカウト達である。
誰が宣誓する? と水を向ければ我先に立候補し、その役を争ったにちがいない。

1万歩ゆずって時間の関係でじゃんけんなり、ゲームなりの結果でアサインするとしても、せめて「勝った」ものに担わせるのがギリギリのスジではなかろうか?

挙句に付け焼刃の練習を経て臨んだ宣誓本番ではつっかえるは、噛むは、では選ばれなかったスカウトの無念はいかばかりか。


表のブログで隊指導者のテイタラクを書き連ねた。
だが、開設側もあまり人のことをいえないのだ、という
まさに、「この程度の隊指導者にこの程度の連盟役員」というなんとも
トホホな現実をみてしまうことになったのである。
posted by It's classified. at 23:43| ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月12日

BS関係者の2極化

ここ数年のBS関係者を見ていて思うことがある。

いっとくけど、いやいややっている指導者、関係者や名前の登録だけで
活動にまるで顔もださない連中は端から度外視しているからね。

一応、活動に対しては熱意をもって参加している指導者、関係者に
限っての話。


ひとつの方向はBS活動を特殊なものとせず、社会の中で普遍性を持たせ
青少年育成の大きな流れのひとつとして社会に容認される状態を目指そう、
と考えている方々。

事実の問題としてBSの活動、組織はある種、外側からは伺いしれない部分があり
その独自性と先鋭性から一部では「宗教」のように認識されかねない部分がある。 だからこそ熱心な方々も存在するし独自の文化をもって100年続いてきた、ともいえるわけだが、昨今の多様化した価値観を容認する社会に対応すべく、そして今後もこの活動を社会に埋没させないように、とより社会とのインターフェイス部分での普遍化をはかり特殊性が場合によっては薄めることで認知をひろめよう、としているように思える。

ひとつの例としては指導者研修の門戸を広げ、参加形態のバリエーションを増やし、先鋭性も持たない層までも取り込む方向がある。
あるいは「社会のニーズ」として活動の方向性を「子育て支援」の方向に大きく転換することも念頭にあるような運動そのものの転換、試行を考えている方々もいるようだ。

そう考えるとSAJのH19年度の重点事業計画としてさんざん物議をかもしたBSーVSの統合に始まった制度改革の話やCSを学齢から、BVSを学齢前の2年間とする部門年齢の改革などもこうした流れにそったもの、といえる。

電脳三指業界でもこちらに属する論客というのも数名、すぐにHNが思い浮かぶ。


それに対して、普遍性を否定はしないまでもBS活動の独自性の保持にこそ心血をそそぎ、その純度を上げることで社会の認知を高め活動の持続を実現しよう、と考える方々がいる。
ともするとスカウト原理主義、といわれてしまう方がの多くはこちらに属することになるだろう。

社会通念とは若干の距離が仮にあるとしてもそこにこそスカウトとしてのアイデンティティを感じることもあるようだ。

どちらがいいか、というものではないと思うのだがひとつ私も残念でならないことがある。


前者の方々のBS活動の愛し方、もわかるのである。
社会に受け入れられて、スカウトの数が確保できてこその運動だろう、といえばそれはその通りだろう。 そして社会に受け入れられるために活動の独自性が薄められ、研修の特異性が薄れ、多くの選択肢の一つとして認識されるものとなってもいたし方ないではないか。 という現実に即した議論。

でも、昭和50年代までの日本では、あるいは現在でも国によってはスカウト活動は、その独自性によって、スカウトとしての特異性によって認知され、求められ、活動人数を増やし、そのステイタスを保持してきたはずなのである。

いつのまにかスカウトの独自性は社会に受け入れられないものになって
しまったのだろうか。

そこがものすごく残念なのだ。

社会の変容がその根底にあることは論を待たないが、その変容にあわせて独自性を薄めることは「迎合」ではないのか?
ほんとうにこの独自性は時代遅れの歓迎されないものに堕してしまったのか?
 
いまの社会の状態、そしてその向かう方向に対する危惧は多く語られて
いる。 社会教育力、家庭教育力が著しく下がっていることへの懸念も語られて久しい。

だからこそ、そうした社会への「警鐘」の意味も含めてこの運動の独自性を今こそ再検証して再構築しその立ち位置を確かにすることこそ求められているのではないか。

そう思うのだがどうだろうか?


すでに脳みそに毒がまわってしまっただけなのだろうか?
posted by It's classified. at 13:20| ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月10日

指導者の変遷

随分としばらくぶりの更新になりました。

基本的にはむかっ腹のたった理不尽なことについてこちらで
書き殴ろうと思っていたのですが、昨年の締めくくりは比較的
平穏に過ぎた、ということかも知れません。

もちろん問題がないわけではないのですが......


で、今回は隊指導者について、です。

きっかけはまたしてもMixiでWBの3泊4日の研修参加が個人的に
非常に難しい、 これだけまとまった時間をつくれる者だけが参加できる
というのはいささか理不尽ではないか、という書込みに端を発する。

この書込みをされた方自身は、休暇云々以前に身体的に3日に一度は病院に通院しないわけには行かない事情が最大の懸案のようであり(おそらくは
透析かなにかではないか、と推察する)、活動にかける情熱は基本的にある
ようなので、同情を禁じえないし、県コミないしは所長にかけあって
なんとか方法を模索していただきたい、と思うところだ。

問題なのはその書込みに対してのコメントにあった。

多くのコメントは「知識をえるだけ」ではないので4日間という時間は
どうしても必要である、とか、すぐにはムリでも長期計画ででも休暇を
捻出することを模索して欲しいとかの意見であったのだが、一人だけ
非常に気になったコメントがあった。

以前に指導者講習会でWBへの参加を勧められた参加者が「いそがしくて」
と応えたのにたいして「忙しいのは皆同じです。」と返された、というコメントに反応して

>忙しいのは皆一緒ってのは大反対ですね!
>受けたい人を拒むものはどうなのかなぁって思います!
>そもそも参加できる時に参加で全然いいと思うんですけど、
>仕事を休んでまでスカウト活動をする意味はあるのかよく思います。
>全参加自体を改正すべき。
>ボーイスカウトを最優先すべきだと考える人が多すぎだと思います。

というコメントです。

実はこの手の発言はよく耳にします。
週末のみの参加で対応できるように単位制にしろ、という意見も後を絶ちません。

ここは「裏」ですから言いたいことを言いますが
上記のように考えている方は無理やりこの業界にいる必然性がないのだと
思います。

青少年育成には熱意があるのかもしれません。
ボランティア精神にも富んでいるのかもしれません。
でも、ここはボーイスカウト運動の世界です。 自分にとっての合理性を
通したいのであれば別のフィールドを探したほうがお互いの為ではないかと思います。


生業ではない、俸給を得ているわけではない、という意味では確かに
社会奉仕なのかもしれませんが、その意識だけでは難しいのだと、最近
つくづく思います。

水戸のSIMはこの活動参加を「自分の趣味」だと断言しました。
私も以前に研修で所員から「この活動を趣味にするな」と言われましたが
その意味はわからないでは有りませんが趣味であるなら自分の金と時間
を注ぎ込んでも納得できる、という意味ではそれなりに意味のある解釈
なのかもしれない、と思っています。
趣味であるから「人に言われてやるのではない」ともいえるし。


最近、本当に「いやいや」とまでは言わないが「やむを得ず」隊指導者を
しているのか、と思うような指導者が本当に目につくようになった。

身内のことを言うのもどうか、と思うがうちの団では盆暮というがGWと
旧盆と暮正月は活動を入れないのが不文律だった。

確かに地方に実家のある保護者が多く、そうした時期はスカウトを連れて
帰省することも多く集まりがよろしくない、ということもあっただろう。
だが、私が指導者になってから団会議なでどたまに耳にしたのは
「GWくらいお休みにしようよ〜。」
「お盆くらい休ませてよ〜」
「正月はいろいろ出かけたいからさぁ〜」
という台詞だった。

結局は隊指導者が活動に出るよりも休養したり、家族旅行したり、を優先
したいというのが本音だったのだ。

だから私はBS隊長時代でさえ年末年始の活動は入れられなかったし
夏キャンプはいつも週末しか参加出来ない、と悪びれもせず言い放つ副長に
いらだちながらも旧盆の前の週に仕事を抱えたまま野営地に赴いた。
多くの指導者の休暇がそろうように、とあえて旧盆にキャンプを設定する団
もあるというのに。

ようやく私はこうした頚木から解き放たれた。
VS隊では副長は登録はあるが実質、私ひとりで切り盛りしているので
他の指導者の都合を斟酌する必要がなくなった。
スカウトも高校生年代で必ずしも家族の都合に引きずられずに予定をたて
ることができるようになった。

そこで、この正月に待望の初日の出隊集会を実施した。
野営場に元旦の朝5:00に集合して初詣、と初日の出のセレモニー、雑煮を
喰って新年の決意を誓う。

思いのほかスカウトも食いついてきた。
せっかくの機会だから、と団内すべての部門と指導者に通知して参加を呼びかけた。

BVSは・・・まあ、ここは仕方がないね。
CSは・・・熱意のある副長がスカウト、指導者全員に告知して参加を募ってくれた。
まあ、参加はなかったけどね。
BSは・・・・隊長に団会議で伝えているがとうとうスカウトにも副長にも
告知すらしなかった。

結局、当日は前団委員長だけが顔を出してくれた。

もちろん、帰省で不在だったかたも多く居るだろう。
たまの休日で旅行に出かけた家庭もあるだろう。
でも、どこにも出かけなかった指導者、スカウトも多くいたはずなのだ。

結局、この状態がいまのうちの団を端的にあらわしているのだと思う。


「そこまではできないよね。」

団会議で他の隊指導者からよく聞く台詞だ。

隊長がこうの台詞を吐いた瞬間にこの活動は、このダイナミックであるはずの
ムーブメントはその場で停止するのだ、ということに気づいていない。

指導者が自分の都合を優先した瞬間にスカウト達は零れていってしまうのだ
ということに気づいていない。

「ボランティアなんだからさぁ」

これもよく聞く台詞。
みんなボランティアを「奉仕」とか「無給の、善意の活動」と訳しているらしい。

ボランティアの訳は「志願」「志願者」である。

隊指導者が本当にボランティアであるのならば皆は「望んでその任についている」
はずなのである。

望んでついた任について、どうしてこうもずさんなことを平気でできるのだろうか?


結局、指導者講習(研修)のハードルを下げたってずさんな気持ちで参加
する層が増えるだけ、って考えてしまう。

かえって、ハードルを堅持することで「生半可」の気持ちでの参加者の参加を
妨げている、と考えれば意味があるのだと思うけどね。

勿論、そうして様々な代償を払って(『犠牲』じゃないからね)参加するのだから
研修所の所員や講師のレベルというのは本気でどうにかしてもらわないと
浮かばれないのは当然だけどね。

私は幸いなことに「これはハズレだ」という研修にはあたったことがない。

最初のBS研は私自身がそうした判断をできるようなレベルになかったので
ちょっとだけ微妙だが、でもまずまずだった記憶がある。

それ以降の研修所、実修所はいい研修だった。
それでも失礼ながら所員の中に1〜2名づつ、「ちょっとね」という方が必ず
混じっていたのはご愛嬌と言うものだろうね。


今、K県連ではWB研修のハードルを高める試行をしている。
既にBS研では実施されたが、従来の課題研修を変更して事前研修を1泊2日で実施し、
其処への参加がWBへの参加条件になっている。
T連盟では以前からそのようになっていた、とも聞いたけど。


指導者は本当にこの活動の『要』だからね。


だから、団会議でそうした大人の都合や言い訳を聞くのがすごく苦痛に
なってきている。

来年度に向けてどこかから隊長を引っ張ってくることも考えたほうがいいのかな、と
試案し始めている今日このごろである。
posted by It's classified. at 18:20| ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月16日

あまりにお粗末

ちょっとありえない話しを耳にした。

ある県での出来ごとである。
一人のベンチャースカウトがめでてく富士章を取得した。

その伝達式を県連の意向で県カブラリーの場で行うことに
したそうである。
カブラリーという機会をどう捉えるかは賛否あると思う。

原隊で厳かにやるのがいい、という意見もあるだろうし
出来るだけ多くのスカウト、特に後輩スカウトの憧れと
なるように大きなイベントの際が望ましいという意見もあろう。

ここではカブラリーという機会が適切かどうかは問題と
しない。

問題はこのカブラリーが、このスカウトの富士取得がなって
から2ヶ月後である、ということである。

つまりこのスカウトは取得なったはずの富士章を2ヶ月間
お預けをくっていた、ということになる。

伝達は県連役員がこのスカウトの隊の団行事なりに出向いて
実施し、 それとは別枠で2ヵ月後のカブラリーの席上で
お披露目をする、という方法だってあっただろうに、ただ
カブラリーの日まで「県連の意向」でお預けにした。


そして、更なる悲劇がこのスカウトを襲う。

その待ちわびたカブラリーでの伝達の直前、県連事務局長が
富士章と証明書を県連に忘れてきたことが発覚した。
この事務局長は舌をだしてごまかした、というからもう何を
いう気もうせる。

そうはいっても無いものは仕方がない、とばかりに展示資料
にあった富士章ワッペンをはがしてきて、形式だけ伝達の
『真似』をやってその場を切り抜けたそうである。
『切り抜けた』と思ったのはおそらく県連の大人だけでスカウト
本人はとても納得できるものではなかったであろうことは
容易に想像できる。

そして、とうとうその日一日、県連の役員はこのスカウトに
謝罪することがなかったそうである。

『スカウトは誠実である』
小学校5年生でBSに入隊したその日に唱えなくてはならない
「おきて」の最初の項目である。

常日頃、スカウトの現状をあれこれ言っている役員がこれである。

ホンネとタテマエにしても度が過ぎている。


実はこの話には後日談があり、それから結構な期間がすぎている
にも関わらず、このスカウトにはいまだに富士章が手渡されて
いないのである。

県連に置き忘れたはずの富士章が紛失中だそうである。
この後にいたっても、「どこかにあるはずだから」と日連に
再交付申請もされずに放っておかれている。
もちろん事情説明も謝罪もそのスカウトには一切無しのままで。

心ある隊指導者は心底怒って欲しい。

10000歩譲ってミスはいた仕方ない。
速やかに非を認め、しかるべき行動を取るならば! である。

再交付を申請すれば当然、この情けない紛失劇を白状する必要
に迫られる。 その責任の擦り付け合いが県連内部で起きている
のかもしれない。

しかし、そんなことはこのスカウトには一切関係がないのである。

どこの県連もこうだ、とは勿論言わない。

しかし、こうした情けない、そして恥ずべきことが組織の
ある程度「上」と考えられている場で起きている。
きっとこれに類するばかばかしい話はほかでも起きているの
ではないか、と思う。


更に信じられないのは、この顛末をこの隊の隊長がSNS上で
日記にした。

すると・・・・
「それは隊長の愚痴でしょ」というコメントが一つならず
寄せられた。

私にはこうした仕儀を受けて激昂しないで居られる泰然自若と
した振る舞いはできそうもないが、それにしても何故こうも
醒めた言を寄せることができるのか。

自分のスカウトが理不尽な仕打ちをうけて平然と居られる、と
いうことは隊長として必要な資質なのだろうか・・・・・


暗澹たる気分になる話である。
posted by It's classified. at 13:31| ☔| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月09日

技能章考査

技能章の考査について地区への不信が高まっている。

知っての通り技能章の考査員は登録時に地区経由で申請(推薦)し
県連盟の元に委任される。
そして、この私も1件の技能章について考査員として登録されている。

本来この技能章の認証は地区が直接的に関与するものではない。

規定では原隊隊長がスカウトの意をうけて指導し、あるいは適切
な指導者に依頼し技能章の訓練、指導を受ける。
期が熟したところで隊長は登録されている技能考査員に「考査依頼書」
によって考査を依頼する。

考査員が各技能章に設定されている授与基準に達しているかを
面接、実技、口頭試問、レポート提出などの方法によって考査し
考査合格を判断したら依頼元の原隊隊長に考査結果を書面で戻す。
原隊隊長はその通知をうけて団の進歩担当団委員に技能章の交付
を申請し、その交付をうけて隊活動、団行事などの席上で当該
スカウトに授与する。 同時に地区に対しては「統計資料として」
技能章取得を報告することになっている。

これは細かい部分を別にすれば概ねどこの連盟でも同様のプロセス
を踏むものと思う。


ところが、である。
数年前からうちの地区では団内での技能章考査はまかりならん、と
通達が出ていた。

例えば私はスキー章の考査員だが私はうちの団のスカウトの
スキー章の考査をしてはいかん、ということなのだ。

これが野営章とか炊事章とかスカウト活動にとって米の飯という
ような技能章であるのならいくらでもお願いできる考査員はいる
だろうし、考査を受ける機会もそれほどむずかしくなく設定できる
とは思う。

ところが例にあげたスキー章の場合は実地滑走の考査が必要である。
つまりスキー場にスカウトとともに赴かなくては考査ができないの
である。

これが団内の考査であれば隊スキー、団スキーといった機会をつかい
考査することができるが、それがダメといわれたら団外の考査員を
招聘しなくてはならない。
その場合の考査員をスキー場まで呼ぶためのアゴ、アシはだれが持つ
というのだろうか? 地区PG委員会? そんなはずも無い。
結局考査を受けたいスカウトが負担するしか方法がない。 
あるいは考査員にスキー場までの費用負担を自弁で強いることになる。

そんなことまでして団外の考査員がきてくれるはずがないし、呼ぶ
ほうだって遠慮せざるをえない。

そこでこうした例をあげて2年前に通達がでたころからPG委員長に
直談判してこうした団外考査員の招聘のむずかしい項目については
団内でもOKの言質をとって運用していた。
事実昨年、うちのスカウト1名に団スキーの期間中に考査を実施し
認定してる。

ところが今期、この『団内の考査禁止』が全面的に明文化されて地区
の規則となった。
そして、その説明会の席上で方策として考査員が「考査会」の開催を
地区に申し出て地区主催の考査会として実施すれば考査を受けるスカウト
が団内だろうと団外だろうと地区の考査会である以上団という枠組み
は問題にならない、という説明を受けた。

そこに光明を見出しやむなく納得してその説明会は終わった。


上進式を終えた頃にそろそろ時期だ、と判断し地区PG委員長、副委員長に
「スキー章考査会」の実施を申し出た。
全ての段取りはこちらで取る。 地区主催のステートメントと参加者募集の
手続き、さらには実施当日に地区委員1名の派遣だけをお願いできれば万事OK、としての申請である。

ところが2週間たなざらしにされ、RTで顔をあわせたときに事情説明まで
したにもかかわらず、次のPG委員会でちょっと議題にのり、訳のわかんない論理でペンディングという名の棚晒し、時間切れのフェードアウトに追い込まれたらしい話を知り合いのPG委員より教えてもらった。

すでに約1ヶ月前の話である。
ところがいまだにPG委員会(委員長)からの正式な回答はなにも着ていない。

まったく納得はできないが仮に否決されたとしてもその旨を提案者に
対して告知する義務は間違いなくあるだろうに!

この地区の地区運営は一事が万事この調子である。

どこにもスカウトの為なんていう真意は見えない。

定例化された地区行事を泥縄式に展開することで汲々とし、本来必要な
議論や現場から提案されたことはできるだけ先送りする。

もう事項だからここで晒すが、ずっと以前にBS部門の班長合同訓練の
隊長に立候補したことがある。 
別にとりたててやりたかったわけではないが、現状のままでは悲惨な
ことになる、との判断で当時のBS担当副コミと相談し担当副コミに
正式に立候補と伝えた。
そしてコミ会議でその副コミは動議としてあげてくれたのだが、最年少
で実績がないことが理由か、彼の動議はほとんどまともに審議されたことが
ないのだった。
そして、そのときもなんとなく、きちんとした否決ではなくネガティブな雰囲気
が漂うだけで通り過ぎ、その2ヵ月後に別の隊長が決定された。
立候補した私に正式な通知は今にいたるもまったくない。
誰に決定してもいい、私が必要なければそれでいい。
もとより誰にも受け入れられる存在とはおもっていない。

腹が立つのはその否決の仕方とその後に通知もなしにほっかむりをして
しらばっくれるその体質だ。

今回の技能章についてもまったく同じにおいがプンプンする。

今月の地区を揚げて大イベントが終わったら、この技能章考査会の
件は委員長に直談判してケリをつける。

そしてそこでも納得のいく回答が得られなければ技能章に関しては
地区を無視することにする。
幸いなことに技能章考査は全国共通である。

どこの県連盟に委嘱された考査員であっても考査が可能なのだ。

全国の有志考査員にお願いして本人の状況をレポートなり成果物なり
で証明すればいいだけのこと。


腹が立つよりもあきれてモノが言えない。
posted by It's classified. at 19:51| ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月06日

団の中で言えること、言えないこと

今回は完全に愚痴になってしまうことをまずお詫びしておく。

現在うちの団には4隊が存在し当然だがそれぞれに隊長がいる。

みな必死に活動を支えていることは間違いがないのだがどうも
温度差というか、向いている方向の違いというか、が気になる。


正直いって私にはBVSはわからない。
今期は大半が上進してしまい1名からのスタートを余儀なくされ
ていたのだが、上進式と前後して入隊があり現在3名、(4名
だったかもしれない)そして1〜2家庭の見学者が現在検討中で
CSスカウトの兄弟でも入隊を検討している状況がある。
つまり、なんとかなりつつある。

活動内容はハイキングもあれば畑作業もある。 どこだったか
社会見学のようなものもあるし盛りだくさんで活動頻度も高い。
だから私のような門外漢からみれば『いい感じ』なんじゃない
かと思っている。

隊で情報発信に向けてのブログ運営も活発で、長い記事こそ
ないが活動終了後3時間以内に更新されている。
活動報告以外の記事も随時UPされており非常に意識を高くもって
活動されいる。
(中身についての論評はなにせ私はBVS課程がわかんないので
 コメントのしようがない)
ほかにもありがたいことにうちの家内がBVS副長なものでVSで
の活動の様子やVSスカウトの頑張っている様子をBVSの保護者
に頻繁にPRしている。 これは効果があるようで、皆一様に
「うちの子もそんなふうに育ってくれるかしら」と期待を込めた
言葉がきかれるそうである。


CSは今期20人割れの18人でスタートしひやひやしていたが
現在23名まで持ち直し、見学検討中も若干いるそうなので
この部分では一安心。
VSから派遣したDSも熱心に活動参加しているようだし、今期
RS登録をやめてCS副長専任になったスカウトOBも以前のBSの
インスト時代とは見違える参加状況で活発な活動になりつつ
ある。 隊長の運営方法はこれまでうちの団では見たことの
ない方法を用いているのだが、仔細にみるとよく考えられて
おり、筆頭副長のフル参加が前提条件なのだが隊長はより保護者
対応や他隊との連携、団との調整にエネルギーを注げる状況
が出来つつある。
情報発信もブログを運営し(一時更新がとまっていたが再開)
活動状況の周知もなされている。


問題はBS隊。
昨年度私がVSに移動し後任に託したら精一杯やってくれている
ことは承知しているが、結果として進級や班運営がかなりガタ
ガタになった。 前年までのアチーブメントでなんとか1年間
乗り切ったがすでに前年までに蓄えた余力は使い果たした。
隊からの情報発信がまったくなかったことも問題だろう。
おまけに私はインストとして協力することになっていたのだが
一部副長が(この連中が1年前に私の追い落としを企図した)
私の助言、サポートを「隊長が2人いるようでおかしい」と
拒絶することを隊長に要求し、隊長も隊内融和のために渋々だ
がそれを飲んだ。 結果わたしの出る幕はなくなり、私はインスト
を辞任した。 その結果が進歩て停滞、進級基準の場当たり的
運用、上進率の低下、スカウトの技能レベルの低下といった現実
が発生した。 自慢するわけではないが一昨年時点で地区内でも
上位15%には間違いなくはいる隊のレベル(人数、活動頻度、
スキル、班活動)にまで引き上げていたからいまでも中くらい
の状態ではあるだろうが、このままいけば早晩目も当てられなく
なる。 そして、今期隊長交代した。
新隊長はそうした隊の現状を承知しており、さらに前年、くだ
らない戯言で活動を混ぜ返していた副長2名を任命からはずし
(要するに更迭した)新体制で必死にもがいている。
その点では期待しているのだが、前途に唖然としているのかも
しれないが団との距離をとってしまっている。

今期私が進歩担当の団委員を兼務して団内スカウトの進歩資料
を一元管理することになっており、1月から資料作成と提出を
依頼しているがBSのみまったくなされていない。
年度替りを期限に強行に迫ったが結局でっちあげの使い物に
ならないファイルを送ってきただけで即日つっかえして再提出を
要求しているがいまだに作成がされていない。 スカウトの野営
記録も要求しているが一向に送られてこない。

今期VS1名を上班で派遣しているが、お手伝いで送り込んだの
ではなく、当人のVSPJとして目標と計画をもって毎回の活動に
参加する必要上、どんなに遅くとも2週間前に活動計画をその当該
VSスカウトに送付してくれるよう要求しているが、先日の日曜
の活動計画がスカウトに送られたのは4日前。 しかもVS隊長の
私が直でBS隊長に連絡して催促しての結果がそれである。

そんな状態なので隊の情報発信なんぞ有らばこそ、である。
現在4隊の中で隊のブログのないのはBSだけであり、設置の
計画もないと先日の団会議で言い切っている。
やることが多くてそこまで手が回らないそうである。


言いたかぁないがそんな体たらくで一年、ギリギリの活動をして
来年の秋になったらVSに上進と数名のスカウトが私のところに
くるのだと思う。 もっとも来なければそれはそれで大いに困る
のだが。

そのときにそのスカウト達はBSでの活動を十分にやってきて
いるのだろうか?
大学入学後の最初の授業で中学校の計算問題までさかのぼって
演習をはじめるようなVS隊活動をするつもりは申し訳ないが
私にはまったくない。

さて、どうなるのだろうか??


そして、そうしたBS隊の問題点がなぜかは知らないが団で
きちんと認識されていないことも問題である。
じつは昨年度からBS隊指導者の団会議やそのほかの団行事への
参加率が極端に悪く、BS隊指導者と団関係者が緊密に話をする
機会がほとんどないのだから知らなくても当然かもしれない。

実は今週の日曜日に団の周年行事を行うことになっている。
発団以来お世話になった先達や近隣の関係者、そして現在の
団、隊指導者が集うその席にBS隊長は参加しないそうである。
副長を含めてBSからの参加はないらしい。
本音で言えば私も団との距離感はいぜんより離れている。
現実の活動の現状をどうしても今ひとつ理解してくれないところ
もあるし、以前にくればてほとばしる活動への情熱を感じる
ことがすくないから同席する魅力を感じないのは確か。

だが、それはそうであっても周年行事という(大人の世界では)
大きな節目の行事に最低限各隊の隊長、どうしても都合が就か
なければ代理の全権副長をだすのが「大人の」礼儀だろうと思う。

これでは団とのパイプはますます細り、隊の情報はますます外
からは伺えなくなり・・・・・


いったいなにやってるんだか。

書いてるだけで暗澹たる気分になる。
posted by It's classified. at 18:53| ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月05日

WB研修所・・・ナナメ目線

WB研修所に行って来た。

これまでに研修所3回、実修所1回。
行って損したと思ったことは皆無。
それどこどろかこれまでの人生でも上位にランクされる
感動体験を味わってきた。

運もいいのだと思う。
あたりはずれがある、と言われるWBの所員やチューターで
「これははずれかもしれない」と感じたのはほんの数名しか記憶にない。

それでも毎回、これはどうなんだろうか? と思うことがある。
現場指導者にはどう見ても見えない方が若干名参加されている
ケースがほとんどである。

大抵は団委員長、またはそれに準ずる方だと思われるのだが
どうにも気になる。

実修所の場合はコミになる為に仕方なく・・・というような
生臭い動機も場合によっては存在するのだが研修所ではどうした
コトなのだろうか?

いや、もちろん団委員長や団委員が参加していかんというのではない。
それどころか多くの場合はほかの隊指導者よりも高齢であるにも
関わらず精神的にも肉体的にも負担の大きいWBに参加するその
心意気には素直に頭を下げる。

が、多くの場合、その参加中の様子が気に掛かるのである。
課業にも班の生活部分でもそれなりに一生懸命活動されている。
そこに疑いはない。

でも、なぜか違和感を感じるのである。

その違和感はなんなのか、と考えてみるとご自分の殻(観念)
から出てこないことなのだと思う。

現場での指導経験が浅ければ実際の隊運営に関しては知識が
限られているのは致し方ない。 しかしこれは就任したての
隊指導者だって同じことである。

どうも彼らは「のめりこむ」ことをしないケースが多いよう
に思う。
ご存知の通りWBではグループワークも個人作業もあるし、その
結果の発表もある。 自分の意見表明もある。
こうした際にこれらの方々は際立つのである。

決してご自分から手を上げることがない。
もちろん一部の参加者を除けば最初のセッションから手を
あげまくる私のようなアホウは少ないが、それでもこの活動
の基本が「自発活動」である。 誰かに指名されて、とか順番
が回ってきたからなどというのは愚の骨頂である。
セッションが進むうちにほとんどの参加者はどこかで自分の
殻をやぶり自分から動くことを選択し始める。
そして、自分の発表や意見を傾聴してくれるスタッフや仲間に
勇気付けられて味をしめていく。

でも最後までそれをされない方が居る。

なんとももったいない話である。


どこの団にもそれぞれ事情がある。
必ずしも自ら望んでのWB参加ではないのだろう。
それはいい。 しかたがない。

しかし、実際に道心門をくぐったのならば世俗でのしがらみ
や立場、観念を棄てて4日間、のめり込みWBの一部になって
みてはいかがだろうか。

ベタな表現だが、本当に心が表れる瞬間がある。
この活動に出会えたことに感謝する瞬間がある。
指導者としてこの研修をうけ、その成果をスカウトの前で
見せる日を想い誇らしく感じる瞬間が必ずある。
・・・・・のめりこむことさえできるのなら。


醒めた状態でWBに存在すること、
スタッフにもほかの参加者にも、そしてなによりもご自身に
とって不幸といわざるを得ない。

地上の楽園とは4日間、のめりこむことが出来た人だけが
見ることのできる世界なのだから。



posted by It's classified. at 19:52| ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月31日

タイトル変更

昨日、あわてて作成したブログだったのでブログタイトルも
なにも考えていない、しょうもないものだった。

一日たって、少しは格好をつけようとタイトルと説明文を
変更してた。

秘密結社っぽくSkall & Bonesっていうのも考えたのだけれど
(イェール大学の秘密クラブね) 「もぐり」っていう語感が
気に入ってこちらにしました。

もぐりですから人目を忍んで、お誘い合わせの上お出ましください。

明日から数日は更新ができません。
ご了承ください。
posted by It's classified. at 19:03| ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月30日

隊長交代

隊長とは役務の名前ではない。
「活動方針」の別名である。

そう思って活動をしてきた。

だがしかし同一の隊に長くとどまって奉仕することが
叶うとは限らない。

様々な理由で隊を去る、あるいは別の役務に着くことが
あると思う。

長期間その任につくこと自体は問題ないが、気をつけないと
だんだんと隊長の独善になっていく可能性もあるので人身
一新も悪いことではない。

だが、しかし、である。

隊長が代わる、ということはその隊の活動方針も変るという
ことだし、隊運営の方法、方向性も変ってくる。

自慢に聞こえたらお詫びするが私がBS隊長につくまでに
うちのBS隊は命脈尽きかけていた。
長くスカウト出身の生え抜き隊長が運営していたのだが
いつのころからかその運営がうまくいかなくなってきた。
上進率も定着率も出席率も、そして肝心の活動自体もだんだん
と先細りしていた。 そして一計を案じて若手のスカウト
出身の隊長に交代した。 だがこれも結局自身の体験の枠から
一歩も離れることができず隊はますます低迷した。

そこで一気に方向を変えて保護者出身の隊長に交代した。
この年に私は副長として隊に参加した。
だが・・・・その隊運営は隊の現状を打破することを期待
するようなものではなかった。
この年にせっかく上進した6名のうち3名が半年で退団して
しまうというテイタラク。 この時点で実質の活動人数は
6名だった。 しかも出席率は50%がやっとという有様。
やむなく副長2年目からは隊長を雛壇にまつりあげ実質隊運営
を指揮した。 

そして隊長に就任してからはそれまでの隊運営の方法、活動
モデルをほとんどすべて変更した。 
詳細ははぶくが結果として隊長2年目でピークにはスカウト数
26名、3班の構成にまでなった。
菊章も輩出した。 活動頻度と技能レベルも昔とは格段に
揚げることもできた。

そして昨年後任に譲ってVS隊に移動した。
VS隊は活動実態がなかった。 スカウトも2名の登録があった
ものの私が就任する(上進式)前日までに2名とも退団した。
そしてBS隊長時代に手塩にかけたスカウト3名の上進をもって
新装開店した。
なんの前例も伝承もないまま手探りで活動を続け80%以上の
出席率を維持して3名ともVS章は取得した。 今にして思えば
出来なかったことも多かったが活動実態だけはきっちりと作った。

ことし更に3名の上進を得て議長を中心にした自治も進んだ。
プロジェクトの展開もゆっくりながらも確実に動き出した。

問題はBS隊である。

不遜に聞こえるだろうが後任隊長になったらあっという間に
進級基準がゆるゆるになった。
熱心な隊長だったが時間が十分とれなかったことと私の助言を
拒む一部副長の影響をうけ不手際や準備不足、認識不足がいく
つも発生した。 今回VSに上進してきたうちの2名は隊長交代
直後に技能章の考査や技能大会参加、そして菊章申請と続いた
ので隊長が不慣れを理由にこちらで全部仕切って不備のない
ように行ったが、その後、こちらからの助言、介入を嫌う無能
な文句だけ3人前の副長が大騒ぎし、いい加減面倒になった
のでこの時点でBS隊への支援から手をひいた。
残りの1名はこのあとに進級プロセスが始まったのでいい加減
なプロセスで進級してしまった。その影響で進級プロセスに
指導不十分なところがある。現在そのスカウトのリハビリプラン
を考えているところであるがさて、どうなるか。

そして今期はまたもBS隊長が代わった。
今期の隊長は進級プロセスは守ってくれそうだが、目の前の
活動プログラムで汲々としているようで隊からの情報発信が
まったくないのが問題。

そしてスカウト数も2年前のピーク26名から徐々に減って
現在20名になっている。 3班の維持が危うい状態で、しかも
CSとの連携、協労をきちんと企画していないので上進率にも
かげりが・・・・・

こんなことを言うと団を私物化しているという謗りをうけるが
ちょっとだけ本音を言いたい。


『オレが死に物狂いで立て直したBS隊を1年や2年で元の
 木阿弥にするんじゃぁない!!』

『VSに上進しても使い物にならないようなスカウトばかり
 育てたらただぢゃぁ置かないからな!!』

数年後には今のVSを引き連れてこれも活動実態のないRS隊を
立て直そうとおもっているが、そうなるとこんどはVS隊が
元の木阿弥に・・・・・

・・・・いい加減気が滅入ってくる。

ちったぁ気合をいれて隊を作れよな!
posted by It's classified. at 23:18| ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本連盟発・・・研究開発隊募集

日本連盟からつい最近、各県連盟に案内がだされたそうだ。

「ベンチャースカウト部門プログラムのボーイスカウト部門と
の一貫性、継続性を考慮した一体的な改善についての研究開発」

と題して研究開発団の募集を行うのだという。

これは今年の春の全国大会で分科会のテーマにもなった
「BS,VSを統合した新スカウト部門の研究」の決定稿と
いうことになる。

当初はBSとVSを統合し新スカウト部門としその後半年代を
ジュニアリーダーとして活動に参加させリーダーシップを涵養し
あわせて高度な専門的分野の活動も提供する、という
わかったようなわかんないような、でも結局小学校5年生から
高校3年生までを一つの部門とする、というはなはだあらっぽい
アイディアであった。

現行のVS課程への取り組みが結果として全て失敗に終わって
いるという現状認識にもとづいての提案らしいのだが・・・・

発表されるや、あちこち(主に電脳空間)では非難轟々。

日本連盟のプログラム委員長とかいう人がSNS上でこのテーマ
についての公開議論ができるような場を設けて、当初はこれまで
の日本連盟の閉鎖的なやり方とは一線を画す画期的な展開に
全国の指導者が殺到したのだが、議論が進むにつれ・・・と
いうか少しも議論が進まなかったのだな、これが。

議論の前提としていくつもの質問事項が投げかけられたのだが
そのほとんどに明確な回答をせずに論旨をはぐらかしたような
紋切り型の日本連盟の公式見解を繰り返すだけ。
それに業を煮やしたSNS参加者がちょっと荒っぽい文言で
コメントをしたら、『このSNSでは反対意見が多いがほかの
場所では総じて好意的な反応ばかり。 ここでの反対意見は
全国の意見を代表したものではなく声のでかいほんの一握り
が叫んでいるだけ。 だから意見は承るが、それを決定に反映
させることはない」とやっちゃったものだからもう収まらない。

いい加減ばかばかしくなって見切りをつける人、腹立ち紛れで
悪口雑言をぶちまける人、あとから参加してなにがなんだか
判らない人、茶坊主よろしく日本連盟案擁護の論陣を(論に
なっていないのだが)展開するひとあり、でもうどうにもならない
様相だった。

それから約1ヶ月、このSNSには誰もコメントを寄せない
廃屋となっていたのだが、あるSNS参加者が放置するのなら
閉鎖しろ、そうでないのなら誠意をもって質問に答えろ、と
詰め寄ったらあわててコメントを寄せてきたが、結局のところ
このSNSでどんなに反対が強かろうと粛々と議決プロセスを
進めるだけとの結論でまたも閑古鳥がなく日々が続いた。

一部とはいえ非常に建設的な意見もあり議論の場として惜しい
ところでもあったが参加者には徒労感だけがのこるむなしい結果
だった。

そしてつい先週、日本連盟から各県連盟あてに決定稿として
事業内容の説明文と協力団の募集要項が配布された。

説明をみると当初のBS、VS統合の文言は消え、いつの
まにかあくまでもBSからVSへの連続性、一貫性を担保した
上でのVSプログラムの研究開発という内容に摩り替わっていた。

日本連盟のH19年度重点事業として謳い、全国大会でもぶち上げ
県コミ会議を通じて各県連に案内していた内容を4〜5ヶ月たった
らちょっと似ているような別の内容にすりかわっている。
その変更のプロセスは例によって開示されていない。

これ自体が問題なんではないかと思うんだがどうなんだろうか?

「お上」が決めるのだから下々はおとなしく決定の沙汰を聞いて
いればいいのだ、と思っているのだとしたら時代錯誤も甚だしい。

今回の決定内容自体には文句も山のようにあるが、そうした
本論に行き着くまでにこうして糾弾しなくてはならないことが
山のようにある。

通知から協力隊募集の時間設定もいくつかのブログで議論されて
いるが、どうかんがえてもまともにプロセスを進めることの出来る
時間設定ではない。

協力隊も実は既に決まっていて、研究内容の脚本も既にあり
全国から募集した、というアリバイのための今回の告知である
と考えるほうが自然、というような状況である。

いったい、これってどうよ?


どこかの国のお話にならない政府答弁のようなプロセスに
思えるのだが・・・
posted by It's classified. at 16:07| Comment(12) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。