2009年08月08日

ボーイスカウト・・・それ、なに?

本当に久しぶりの更新である。

今までならば表で書いているハズの記事なのだが最近、これまで
ほとんど私の行動に無頓着だった比較的身近な業界関係者が表を
見る様になったらしく、そこに端を発する非常に面倒くさい事態
がいくつか重なっていたのでこのところ表を書く筆が非常に重い。

そんなわけで書かずにはいられない驚いたことをここで書いて
しまうことにする。

あらかじめお断りするが、万一あなたが間違ってここにたどり
ついたとしてもここに書いてあることは日本のどこかで起こった
ことかもしれないし、記事からその「どこ」を推定することが
できるかもしれない。
たとえ、そうだとしてもそれが的中している保証はないし私は
決してそれを明かしはしない。

ここの記事をもってどこかのだれかを攻めるようなことをするのは
まったくの不毛だ、と承知のうえでご覧いただくか、さもなければ
ここで引き返されることをお勧めする。




・・・・ここからはあなたが、この記事をただの読み物としてのみ
取扱い、実在のどこか、だれかとは結び付けて考えない、という前提
で書いていく。



今年は全国で県キャンポリーの当たり年である。
私の友人たちの県連でも多くの県キャンが実施されている。
なかには、目を見開くような内容で実施した県もお見受けするし
あるいは泥縄の開催にようやくこぎつけたようなところも残念ながら
みかけるような気がする。

当方の県でも県キャンポリーが実施された。

ベンチャーの参加もOKという開催内容だったようだが、基本的には
ボーイ部門の行事であり、私個人はこの県の行事には既に一切の信頼を
置いていないので積極的に関わるつもりはなかった。

ただ、そうは行ってもうちの隊の1名は地区のある集団の1員として
参加することになっていたし、上班として当団BS隊に派遣している
スカウトもそのまま上班として参加するので私としてはまったくの
無関心ということもできない。

地区の参加対応は地区派遣隊を6隊編成し、そのそれぞれに地区内の
4団程度のBS隊が参加し班構成をつくり指導者も各原隊から参集編成
してこのキャンポリーに参加する。

小型のジャンボリー予行演習といえばいえないこともない。


各派遣隊はそれぞれの隊長の方針によって運営されるのでそれぞれに
一言では言えない違いは存在するはずである。

私も14NJで派遣隊長を務めたのでこうした派遣では活動方針を
つくり、徹底し、活動水準を設定するのが本当に難しいことを体験している。
活動のバックグラウンドも、平常の活動内容も、BS技能レベルも
各原隊それぞれでまったく異なる。

地区内のある派遣隊はこの県キャンを見据えて数ヶ月前から合同活動
を繰り返し実施しすでにアドホックグループの域を超えていたが、そうした
隊はむしろ希である。
うちのBS隊が参加した派遣隊も2〜3日の合同訓練を実施しただけで
今月始めの参加となった。
すでに合同活動の様子も話しに聞いていたのでいくつか心配はしていた
が、をの心配を私が直接口にするのは大きな他隊干渉にもなるので心配
を心配だけにとどめておいた。


そして出発の日、私はうちのBS隊が所属する派遣隊の出発を見送りに
出かけた。
朝7時が集合時間で、私は指定場所に6時45分に到着した。
すでに複数のスカウト、指導者、保護者がバスの止まっている脇の
歩道に集合しはじめていた。
派遣隊の副長がバスのトランクに格納する個人装備を集めたり、健康
調査票を集めたりはしていた。
だが、それ以外はなにも指示もでないまま、どんどん集まる人数は
増えていった。

それでもスカウトを整列させるでもなくただ歩道に三々五々集まって
好きに談笑しているだけ。
そのなかでもちろん役を背負った一部指導者は手順を進めてはいたの
だろう、7時を20分ほど過ぎた頃スカウトがバスに乗車を始めた。
一部の指導者が大きな声をあげて指示したようには記憶しているが
ともあれ、歩道に適当に集まっていたスカウトたちがそのままゾロゾロ
っと乗車していった。

歩道に残る見送りの指導者、保護者になにか挨拶でもあるか、と思った
がそうしたなにものもなくただ、バスの中で一部指導者だけが忙しく
人数確認(らしきこと)をやっていた。
そう、思ってみているとなんの合図もなくバスは静かに出発していった。

私は心底驚いた。
そして、それから少し間をあけて目の前の事態を理解することに務め
概略が飲み込めたあと、深いため息をついた。


キャンポリーだろうと、ジャンボリーだろうと、その他の派遣だろうと、
集合時間から出発までのあいだに

スカウトの整列もなければ点呼もない、
ソングもなければ隊長の話もない、
見送り代表の激励もなければ見送りにたいする感謝の礼もない。
弥栄も敬礼もいっさいなにもない派遣隊の集合出発。

私はこんなものを見たこともないし、存在すると考えたことすらない。

だれからも意見はなかったのだろうか?
派遣隊指導者陣にはこの光景の異様さに気づく方が一人もいなかった
のだろうか?


以前に他のところでも書いたと思う。
これらの指導者の方々も熱心な、奉仕の精神のある善意の方々なのだと
思う。 そのことに疑問はない。

だが、これらの方々は本当に『ボーイスカウト』の指導者なのだろうか?


願わくば、この光景は地区内6個の派遣隊のなかでもここだけの
例外的な光景だった、と思いたい。



だが・・・・・現地での開会式。
地区内6個隊のうち5隊は開会式に一部のスカウトのみ、とか指導者のみ、とかの参加だったと聞いた。
土砂降りの中の到着とそれにつづく設営でスカウトの健康、安全、あるいは
サイトの維持のための熟慮の上だったのだろうとは思う。
現地にいなかった私がうかつに発言しては不適切なのかもしれない。
だが、『うちのスカウトを参加させたくない』と言った隊長もいたそうだ。
なんとも釈然としない思いはある。


そして閉会式。
おどろいたことにうちの地区の6個隊だけが私服で参加したそうである。
SHQから私服で参加、という通達がでたとのことだし、よその地区も
直前の訂正連絡があるまで私服参加と信じていたとの話もきいたので
どこかで指示が錯綜した結果なのかもしれない。

だが、県キャンの閉会式、いったいどんな理由があったら私服参加が
ありえるのだろうか?
通達があっても尚、「ふざけるな!」という隊長が居ても不思議はなかった
だろうし、もっといえば閉会式に関して服装コードの通達がでる事態
そのものがおかしい。

制服以外のなにがあるのか?
なんの通達が必要なのか?

ウソか誠か知らないがSHQで私服通達を出した本人はきちんと制服で(富士略章までつけて)参加していたそうである。

私には正直、善悪を超えて理解不能である。


だが、この閉会式での一件、不思議と私が見送りで見た光景と
符合しないだろうか?

この出発ならこの閉会式でも不思議はない。
そう思ってしまうのは私一人なのだろうか?


ボーイスカウトであることをもう一度自分に問うてから9月の
新年度を迎えていただきたい、そう思わずにはいられない。
posted by It's classified. at 17:58| ☁| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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