2007年11月05日

WB研修所・・・ナナメ目線

WB研修所に行って来た。

これまでに研修所3回、実修所1回。
行って損したと思ったことは皆無。
それどこどろかこれまでの人生でも上位にランクされる
感動体験を味わってきた。

運もいいのだと思う。
あたりはずれがある、と言われるWBの所員やチューターで
「これははずれかもしれない」と感じたのはほんの数名しか記憶にない。

それでも毎回、これはどうなんだろうか? と思うことがある。
現場指導者にはどう見ても見えない方が若干名参加されている
ケースがほとんどである。

大抵は団委員長、またはそれに準ずる方だと思われるのだが
どうにも気になる。

実修所の場合はコミになる為に仕方なく・・・というような
生臭い動機も場合によっては存在するのだが研修所ではどうした
コトなのだろうか?

いや、もちろん団委員長や団委員が参加していかんというのではない。
それどころか多くの場合はほかの隊指導者よりも高齢であるにも
関わらず精神的にも肉体的にも負担の大きいWBに参加するその
心意気には素直に頭を下げる。

が、多くの場合、その参加中の様子が気に掛かるのである。
課業にも班の生活部分でもそれなりに一生懸命活動されている。
そこに疑いはない。

でも、なぜか違和感を感じるのである。

その違和感はなんなのか、と考えてみるとご自分の殻(観念)
から出てこないことなのだと思う。

現場での指導経験が浅ければ実際の隊運営に関しては知識が
限られているのは致し方ない。 しかしこれは就任したての
隊指導者だって同じことである。

どうも彼らは「のめりこむ」ことをしないケースが多いよう
に思う。
ご存知の通りWBではグループワークも個人作業もあるし、その
結果の発表もある。 自分の意見表明もある。
こうした際にこれらの方々は際立つのである。

決してご自分から手を上げることがない。
もちろん一部の参加者を除けば最初のセッションから手を
あげまくる私のようなアホウは少ないが、それでもこの活動
の基本が「自発活動」である。 誰かに指名されて、とか順番
が回ってきたからなどというのは愚の骨頂である。
セッションが進むうちにほとんどの参加者はどこかで自分の
殻をやぶり自分から動くことを選択し始める。
そして、自分の発表や意見を傾聴してくれるスタッフや仲間に
勇気付けられて味をしめていく。

でも最後までそれをされない方が居る。

なんとももったいない話である。


どこの団にもそれぞれ事情がある。
必ずしも自ら望んでのWB参加ではないのだろう。
それはいい。 しかたがない。

しかし、実際に道心門をくぐったのならば世俗でのしがらみ
や立場、観念を棄てて4日間、のめり込みWBの一部になって
みてはいかがだろうか。

ベタな表現だが、本当に心が表れる瞬間がある。
この活動に出会えたことに感謝する瞬間がある。
指導者としてこの研修をうけ、その成果をスカウトの前で
見せる日を想い誇らしく感じる瞬間が必ずある。
・・・・・のめりこむことさえできるのなら。


醒めた状態でWBに存在すること、
スタッフにもほかの参加者にも、そしてなによりもご自身に
とって不幸といわざるを得ない。

地上の楽園とは4日間、のめりこむことが出来た人だけが
見ることのできる世界なのだから。



posted by It's classified. at 19:52| ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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