2009年10月19日

ベンチャー隊長の行く末

いまのところなんとかお役御免にならずに隊長の任についている。

だが、どうもこのまま安泰、とはいきそうもない思いがここ1〜2年
ついて回っている。

この際どちらが良い、悪いは一切言わないことにするが団の方針
(そんなものがあれば、の話だが)と私の活動方針、活動理念は
軌を一にすることが難しくなっているような気がしている。
団としても今のところは私以外にVS隊長の任につける人間がいないので
任せているが・・・、というニュアンスをそこかしこで感じる。

まぁ、それが当方の穿った見方であるのならそれに越したことはない。

非常に口はばったいが、この活動の原理を念頭におき、基本的な7つ
の教育法に則って活動しているつもりである。
そして数多ある青少年育成の方法のなかで「あえて、ボーイスカウト」
であることを選択して活動しているつもりである。

だが、そこがどうもうまくいかない元なのかも知れない。

私はスカウターでありたいと思っているし、ボーイスカウトである
ことに必然性を感じている。

だから経済的に制服を揃えることが難しい、といった特殊な事情の
無い限りは活動は制服にて行うもの、と思っている。


ところが昨日、当団BS隊が出掛けて行った夏の県キャンの慰労会
は「制服不可」のお達しが出ていた。
指導者が労をねぎらって夜、一席もうけた、というものではない。
スカウト、指導者をとある団の野営場に集め昼間から集会を行うのである。
なぜ、制服を敢えて不可として身分を隠すような活動をするのかが
どうにも理解ができない。


よその話ばかりではない。
当団の団行事が来月実施される。
この行事はBVS,CS年代のリクルートが大きな目的であり
間口の広さ、ハードルの低さに留意しているのはよくわかる。
だが、それでも「制服不可」で実施するところがやはり私には
理解ができない。

昨年から実施されているので今さら驚きはしないが、なんとも
釈然とはしずらいところである。



ボーイスカウトはやはりレッドブックに載せるのが妥当なのかな、
と思うような出来ことである。
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2009年08月08日

ボーイスカウト・・・それ、なに?

本当に久しぶりの更新である。

今までならば表で書いているハズの記事なのだが最近、これまで
ほとんど私の行動に無頓着だった比較的身近な業界関係者が表を
見る様になったらしく、そこに端を発する非常に面倒くさい事態
がいくつか重なっていたのでこのところ表を書く筆が非常に重い。

そんなわけで書かずにはいられない驚いたことをここで書いて
しまうことにする。

あらかじめお断りするが、万一あなたが間違ってここにたどり
ついたとしてもここに書いてあることは日本のどこかで起こった
ことかもしれないし、記事からその「どこ」を推定することが
できるかもしれない。
たとえ、そうだとしてもそれが的中している保証はないし私は
決してそれを明かしはしない。

ここの記事をもってどこかのだれかを攻めるようなことをするのは
まったくの不毛だ、と承知のうえでご覧いただくか、さもなければ
ここで引き返されることをお勧めする。




・・・・ここからはあなたが、この記事をただの読み物としてのみ
取扱い、実在のどこか、だれかとは結び付けて考えない、という前提
で書いていく。



今年は全国で県キャンポリーの当たり年である。
私の友人たちの県連でも多くの県キャンが実施されている。
なかには、目を見開くような内容で実施した県もお見受けするし
あるいは泥縄の開催にようやくこぎつけたようなところも残念ながら
みかけるような気がする。

当方の県でも県キャンポリーが実施された。

ベンチャーの参加もOKという開催内容だったようだが、基本的には
ボーイ部門の行事であり、私個人はこの県の行事には既に一切の信頼を
置いていないので積極的に関わるつもりはなかった。

ただ、そうは行ってもうちの隊の1名は地区のある集団の1員として
参加することになっていたし、上班として当団BS隊に派遣している
スカウトもそのまま上班として参加するので私としてはまったくの
無関心ということもできない。

地区の参加対応は地区派遣隊を6隊編成し、そのそれぞれに地区内の
4団程度のBS隊が参加し班構成をつくり指導者も各原隊から参集編成
してこのキャンポリーに参加する。

小型のジャンボリー予行演習といえばいえないこともない。


各派遣隊はそれぞれの隊長の方針によって運営されるのでそれぞれに
一言では言えない違いは存在するはずである。

私も14NJで派遣隊長を務めたのでこうした派遣では活動方針を
つくり、徹底し、活動水準を設定するのが本当に難しいことを体験している。
活動のバックグラウンドも、平常の活動内容も、BS技能レベルも
各原隊それぞれでまったく異なる。

地区内のある派遣隊はこの県キャンを見据えて数ヶ月前から合同活動
を繰り返し実施しすでにアドホックグループの域を超えていたが、そうした
隊はむしろ希である。
うちのBS隊が参加した派遣隊も2〜3日の合同訓練を実施しただけで
今月始めの参加となった。
すでに合同活動の様子も話しに聞いていたのでいくつか心配はしていた
が、をの心配を私が直接口にするのは大きな他隊干渉にもなるので心配
を心配だけにとどめておいた。


そして出発の日、私はうちのBS隊が所属する派遣隊の出発を見送りに
出かけた。
朝7時が集合時間で、私は指定場所に6時45分に到着した。
すでに複数のスカウト、指導者、保護者がバスの止まっている脇の
歩道に集合しはじめていた。
派遣隊の副長がバスのトランクに格納する個人装備を集めたり、健康
調査票を集めたりはしていた。
だが、それ以外はなにも指示もでないまま、どんどん集まる人数は
増えていった。

それでもスカウトを整列させるでもなくただ歩道に三々五々集まって
好きに談笑しているだけ。
そのなかでもちろん役を背負った一部指導者は手順を進めてはいたの
だろう、7時を20分ほど過ぎた頃スカウトがバスに乗車を始めた。
一部の指導者が大きな声をあげて指示したようには記憶しているが
ともあれ、歩道に適当に集まっていたスカウトたちがそのままゾロゾロ
っと乗車していった。

歩道に残る見送りの指導者、保護者になにか挨拶でもあるか、と思った
がそうしたなにものもなくただ、バスの中で一部指導者だけが忙しく
人数確認(らしきこと)をやっていた。
そう、思ってみているとなんの合図もなくバスは静かに出発していった。

私は心底驚いた。
そして、それから少し間をあけて目の前の事態を理解することに務め
概略が飲み込めたあと、深いため息をついた。


キャンポリーだろうと、ジャンボリーだろうと、その他の派遣だろうと、
集合時間から出発までのあいだに

スカウトの整列もなければ点呼もない、
ソングもなければ隊長の話もない、
見送り代表の激励もなければ見送りにたいする感謝の礼もない。
弥栄も敬礼もいっさいなにもない派遣隊の集合出発。

私はこんなものを見たこともないし、存在すると考えたことすらない。

だれからも意見はなかったのだろうか?
派遣隊指導者陣にはこの光景の異様さに気づく方が一人もいなかった
のだろうか?


以前に他のところでも書いたと思う。
これらの指導者の方々も熱心な、奉仕の精神のある善意の方々なのだと
思う。 そのことに疑問はない。

だが、これらの方々は本当に『ボーイスカウト』の指導者なのだろうか?


願わくば、この光景は地区内6個の派遣隊のなかでもここだけの
例外的な光景だった、と思いたい。



だが・・・・・現地での開会式。
地区内6個隊のうち5隊は開会式に一部のスカウトのみ、とか指導者のみ、とかの参加だったと聞いた。
土砂降りの中の到着とそれにつづく設営でスカウトの健康、安全、あるいは
サイトの維持のための熟慮の上だったのだろうとは思う。
現地にいなかった私がうかつに発言しては不適切なのかもしれない。
だが、『うちのスカウトを参加させたくない』と言った隊長もいたそうだ。
なんとも釈然としない思いはある。


そして閉会式。
おどろいたことにうちの地区の6個隊だけが私服で参加したそうである。
SHQから私服で参加、という通達がでたとのことだし、よその地区も
直前の訂正連絡があるまで私服参加と信じていたとの話もきいたので
どこかで指示が錯綜した結果なのかもしれない。

だが、県キャンの閉会式、いったいどんな理由があったら私服参加が
ありえるのだろうか?
通達があっても尚、「ふざけるな!」という隊長が居ても不思議はなかった
だろうし、もっといえば閉会式に関して服装コードの通達がでる事態
そのものがおかしい。

制服以外のなにがあるのか?
なんの通達が必要なのか?

ウソか誠か知らないがSHQで私服通達を出した本人はきちんと制服で(富士略章までつけて)参加していたそうである。

私には正直、善悪を超えて理解不能である。


だが、この閉会式での一件、不思議と私が見送りで見た光景と
符合しないだろうか?

この出発ならこの閉会式でも不思議はない。
そう思ってしまうのは私一人なのだろうか?


ボーイスカウトであることをもう一度自分に問うてから9月の
新年度を迎えていただきたい、そう思わずにはいられない。
posted by It's classified. at 17:58| ☁| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月01日

新年早々

新たな年が明けた。

今年もわがVS隊では元旦の明け方前から初日の出集会を実施した。

巷では域内の寺社の初詣警備やら篝火奉仕やらで越年活動を実施
しているBS〜VS隊の話も結構耳にする。
なかには年末の火の用心の夜回りに参加する隊もある。

うちの団は昔から盆暮れ、GWには一切活動を入れない団だった。
新興の(ここ30年くらいの)住宅地であり大半のスカウト家庭
が地方に実家があり長期休暇は帰省などがある、という事情が
あるのは理解する。
だが、この活動にかかわった当時の新参者の私は越年活動のある
団がうらやましかった。

これまでもずいぶんと働きかけたが叶わなかった。
結局、家族の時間、自分の時間をスカウト家庭、指導者ともに
優先するのである。
全員がスカウト活動を最優先する、というのは無理なのかも知れない。
だが、団が端から盆暮れGWはダメと活動をはずしているのはどうなの
だろうか? 結局は活動にかける熱意の問題なのではないか、と
ずっと考えていた。

団として動けないのならば隊で動けばいい、とBS隊長に時代には
GWに国際仮装行列に参加した団代表のスカウトを応援する見学活動
を実施したりしたが、自身のWB研修とぶつかることも多かった。
年末年始は想いはあれど実現しなかった。

VS隊長になり、昨年から元旦の初日の出集会を計画し実施した。
もちろん帰省などでこの地にいないスカウトに無理は言わない。
だが、この地にいるのなら1年の計たる元旦に集い、初日の出に
その年の抱負をちかうのも益のあることと思った。
スカウトに諮ると二つ返事で「やりましょう!」という声。

結局、団の方針は大人の都合だったのだ。
気をよくした私は私の家の恒例になっている大晦日に仕込む雑煮を
持参してスカウトに振舞うことにした。

活動の中身はどうということはない。
元旦のまだ暗いうちに集い、今年の抱負を話し、近くの神社で
初詣をして初日の出にむけて1年の活躍を誓う。
そして雑煮を食べて解散である。 せいぜい1時間半か2時間の活動。

昨年は団内に1ヶ月前から告知しておいた。
だがスカウトも指導者もVS隊以外からは誰も来なかった。
ただ一人、私がスカウターと認める団相談役だけが「朝の散歩の
ついでだぁ」と言いながら顔を出してくれた。
団からはこの有様だが隣の団のVS隊長がひょっこりと顔をだして
くれた。


そして、今年。
初日の出集会自体をスカウトがどう捉えているかも気になっていた
ので前回の隊会議で諮ってみた。
案の定、「やりましょうよ。 行きます!」
安心して元旦を迎えた。
ことしも団内に一応の告知はしておいた。
昨年のこともあるので公式ルートでは流さなかった。
その気があれば、程度の非公式ルートだったがBS隊、CS隊の要所には
届いたはずである。

そして今日。
やはり団内からは誰も来ない。
その代わりにまたしても隣の団の今度はBS隊長が息子のBSスカウト
をつれてやってきた。

焚き火で暖をとり、初詣をして雑煮を食べる。
日の出時刻が近づき、上着を脱ぎ制服姿で整列、敬礼で日の出を迎える。

寒さも手伝って凛とした空気が流れる。


スカウトは私の意図をきちんと捉えてくれる。
都合を言うのなら今日やってきたスカウトは全員元旦の今日もアルバイト
の予定が入っていた。
一人にいたっては初日の出を迎え終わるや否や年賀状配達のバイトに
走って向かった。 
集合は朝の5時45分である。

やる気があれば当たり前にできるし、面倒だ、大変だ、といえば
それで終わってしまう。


残念でならないのはこのVSスカウトたちの活動を
「いいですねぇ」とほめる団指導者、隊指導者は多くいるのだが
では自分も、では自分の隊でも、と腰をあげる人はいないことである。

どなたかの日記にあった。
指導者とは始動者でなくてはならない、そうである。

この団の関係者が自ら一歩踏み出すのはいつになるのだろうか。
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2008年12月25日

呆れた

またしてもしばらく振りの更新である。

先日、年末の団会議と団忘年会があった。

その前日にはVS隊の隊会議があったのだが、そこで大きな議題は
年明けの旗揚げ式の開会セレモニーだった。

2ヶ月前の団会議で正式に開会セレモニーをVS隊に依頼する、
という決定をもらっていたのでずっと準備をしていた。

そのなかでセレモニー最後にちかいとおきての唱和を提案し
VS隊の中では決定していた。
上班がその決定をBS隊集会で披露しBSスカウト全員もちかいまで
しかと覚えて諳んじられるように、という提案をしたら一部隊指導者
から「ちかい」は生涯一度、という横槍が入った話は前回書いたと思う。

すぐに私のほうでBS指導者全員にちかいの儀式と再確認のための
唱和は別であり、「ちかいとおきての指導」でも推奨されている
旨、さらには先輩指導者、LT経験者、地区コミの「是非やってください」
発言を添付してメールを配信した。

その後のBS隊長との話で、私はそれで問題がなくなった、と認識していた。

で、VS隊会議にて上班に「ちかい、おきて」のBSスカウトへの準備状況を
確認したらまったくなにもしていないというテイタラクに私は雷を落とし
即座にBS隊長の確認をとったうえで早急に準備活動をするように指示した。

するとその日の晩に、BS隊長に連絡をとった上班からSOSがはいった。
BS隊長いわく、「ちかいとおきての唱和の実施は未決定だから団会議での
決定以後にするように」とのこと。

またしてもこめかみで何かがプチっと切れた音がした。

上班には翌日の団会議で必ず了解をとるので心配しないようにつたえて
団会議に乗り込んだ。

まず、式次第、内容はVS隊に任されていたことを確認。
さらにはちかいとおきての唱和について実施計画を前回団会議で報告済み
であることを確認。
さらには一部BS指導者の「ちかいは1度」発言にたいしては論拠をあげて
説明済みであることを確認。

そのうえで実施の了解を改めて求めた。

これだけだって「あ〜〜面倒くせぇ」と思ってはいた。
だがこれが大人の手続きならば仕方が無い。

そして一部BS指導者も了解の上で決定が為された、その直後に
某隊隊長がとんでもない発言をした。

「20人とか30人がいっせいに誓いを口にするんでしょ、
 周囲の人はきっとヒキますよ。」

どうやら一般参加者や体験見学者がその光景を見て引くことを
懸念しているらしい。

それまで出来るだけおとなしく話していた私の堪忍袋が切れた。

「引いたらどうだって言うんですか! これはボーイスカウトの
 活動だし、我々はボーイスカウトなんですよ!」


いったい、何故、ボーイスカウトであることを画してまで人集め
をしなくてはならないのか。

実は前回嘆いた、集客イベントでのスカウト制服着用禁止とまったく
同根の情けなさがそこにはある。

敢えて言うが、そこまで世間に「迎合」して入隊を募っても、入隊後に
絶対にボタンの掛け違いが露呈して途中退団に繋がるだけである。

聞いた話だが一部大学ローバーが人集めの為にボーイスカウトであることを
隠し、部外者にはよくわからない凸凹大学ローバースの名称のみで新人勧誘を
実施し単なるアウトドアサークルを装い、5月ころの新人歓迎キャンプあたりで
オズオズと「実はオレ達ボーイスカウトなんだ」と制服を恥ずかしそうに
取り出す、という例を聞いたことがあるが、このような勧誘をして仮に登録が
多少増えたとしてそこにどんな意味があるのだろうか?


前回の制服禁止のイベントではBS隊、VS隊はそれでは協力できない、として
参加しなかった。


今回の某隊長の発言についてはほかの指導者も折角きまったことが
振り出しにもどることを畏れて、「もう決まったのだから、まずはやってみましょう」と再議論にはならずに済んだ。


だが、こうしたことを言い出す指導者がいる、こと自体、先が思いやられるのである。

ご本人の名誉の為に付け足せば彼は活動は非常に熱心であり楽しいプログラムを
いくつも考え出す。 スカウトにも人気は高い。
だが、この例でもわかるとおり「スカウター」ではないのだろう。

そのことに本人は気づいていないところが問題なのだが・・・・。



正直、呆れてモノが言えない。
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2008年11月16日

活動の意味

先日、地区のBS部門の行事として通称『GBT』なるものが
行われた。

もともとは班長合同訓練であった。
それが約10年前の見直しで『訓練』であってはならない、と
いうことになり今では班長合同活動という想定になっている。

ところがそこにおけるボタンの掛け違いは大きく、
主催側は合同活動といい『訓練』であることを否定する。
なによりも参加スカウトは原隊にて『充分に』班長訓練をうけて
いる現場の班長である、と想定している。
ところがスカウトを送り出す原隊ではその大半の隊長がこの活動を
今でも『班長合同訓練』と思っている。

もっといえば原隊内で充分に実施することのできない班長教育を
隊に代わって施してくれるありがたい機会、ととらえている。
実は開設側だってそんな実態を知っているにも関わらずいまでも
あくまでも合同活動であり参加者のレベルは確保されている、と
言い募っている。

その割には担当団方式であつまった実施スタッフでハイクを担当
することになったある隊の隊長が自分の隊の活動を念頭に、班長だけ
が集まっているのならばせめてこれくらいのレベルのものをやりたいね、
そう考えて苦心の上つくりあげたプログラムを執行部は
『こんなレベルについてこられるわけないでしょ』と一蹴し
カスみたいなプログラムに変更した。

「充分に訓練された」スカウトが集まるんじゃなかったの?


ことほど左様にどうにもならないダメな計画とダメな実施だった。

もちろん私が何度も吼えるとおり、こうした合同活動はたとえ
そのプログラムがどんなにダメなものであっても、そこに参加した
スカウトにとっては他隊のスカウトと知り合い交歓するだけでも
楽しいことであり、益のあるものとなる。
だが、こうした副次的な効果を免罪符として本来のプラグラムの
ダメさを言い逃れることはできない、ということをいまのこの地区
はまったく自覚していない。


まあ、このプログラムそのもののダメさはほかでも散々書いたし
他の指導者も書いているからこれ以上は言及しない。


今回は私にしては珍しくあるスカウトについて書いてみたい。

ここには数名の地区内のVSスカウトが奉仕に出ていた。

執行部はその奉仕参加のVSスカウトをまったくの「人足」として
あつかいお手伝い以上のものとして扱うことをしなかった。

VSからの意見はほぼ聞かず、却下し、訓練されたVSスカウトから
はどうにも容認できないようなプログラムを展開していった。

だが、その奉仕参加もいろいろなんだ、と痛感したことがあった。


ある団のVSスカウトが隊付として参加していた。
このスカウトは今回のGBTの中枢スタッフを任じたある指導者の
子息であり、地区が誇る(と一部指導者が思っている)カラーガード
隊にもう2年所属している精鋭(と一部指導者と保護者が思っている)
スカウトだった。

このGBTの開式での国旗掲揚がカブではあるまいし何故だか
初めから国旗を掲揚ロープにセットしただ揚げるだけという方式だった。

そしてあるVSスカウト(今問題にしているスカウトとは別)が
旗手を務めた。

ところが、あろうことかこの国旗のセットが逆向きになっていた。
つまり掲揚していくと旗よりもずっと先に結び目が竿頭の滑車に
ひっかかって「半旗」になってしまう。
この旗手は大恥を書いて再度やり直しをした。

セレモニーが終わりこの旗手を務めたスカウトは悔し涙を流した。

もちろんこのスカウトがセットした旗ではない。
だが旗手である以上、旗を手にした際にこのセットミスに気付き
自らやり直して掲揚する義務があったしその程度の技量は要求された
はずだった。
このスカウトがそのことが分かっていたからこそ悔しくて涙した。

そのスカウトのそばにこの旗をセットしたスカウトがいた。
カラーガードで2年も活動していたスカウトである。
このスカウトは自分のミスの照れ隠しかへらへらと笑いながら
「ばかだなぁ、ヤバイと思ったら反対側から(旗手の側から)
揚げちまえば良かったんだよ」
そう旗手を務めたスカウトに言葉をかけた。

日の丸の掲揚については朝にに模して掲揚柱を出来るだけ北側に用意し
東から朝日が昇る様を模している。 つまりむかって右から(副手側
からの掲揚になる)が鉄則である。
新米スカウトならばともかく、ほとんど活動実態のないスカウトに
無理やりやらせたのならともかく、
カラーガード隊のプラッグを右のポケットに誇らしく縫い付けたスカウト
の台詞だろうか。

私はどうしても許せなくなり
「カラーガードの所属するスカウトが国旗の扱いを間違えてどうするんだ!」
と一喝した。

するとこのスカウトはにやにやと笑ったまま
「カラー隊で国旗なんて使いませんから」
悪びれずもせずにそう言った。

カラーガードとは一国の国旗、あるいは一隊の隊旗を護る守護隊
が期限である。
サバイバルゲームを見れば判るとおり旗を奪われた時点でその戦いは
負けなのだ。

旗の守護隊というのはその隊の誇りであり最精鋭部隊である、本来は。

そのカラー隊に2年もいるスカウトがこう言うのである。

言いたくはないが一体そのカラー隊ではなにをどのように指導しているのだろうか?

そのスカウトの親でもある某指導者はどんなつもりでこうした愚かな
スカウトを野放しにしているのだろうか?

私は心底腹が立って、マジでぶん殴ろうかと思った。

だが、すぐに悲しくなり、もうこうした連中を相手にしても仕方が
ないんだな、となにも言えなくなった。



これがこの地区のユースの実情であり、こうしたスカウトを
ちやほやしているんが一部指導者の実態なのである。


活動の意味をなんだと思っているのだろうか?

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2008年08月27日

なんかどうでもいい気分

先日、年度末の団委員会/団会議があった。
勿論出席した。

以前に書いたかどうか既に忘れているが私は丁度2年前に1度、自分の団に
大きな失望を味わっている。
自分の活動を団がどう評価しているのか、いや、もっと言えばこの活動を
どう捉えているのか、その本音が垣間見えた出来事があった。
この団で活動を続けていくモチベーションが極端に下がり、転団を模索しようと考えた。

だが、丁度BS隊長として手塩にかけて育てた世代がVS上進時期に重なり、
気を取り直し、原隊第一、と自分に言い聞かせ団とは多少距離をとりつつ
隊が十分な活動が出来さえすればそれでいい、と割り切り隊のほうだけを
向いて活動を続けてきた。

そして2年。
事態はもう不可逆領域に差し掛かったのかもしれない。
団全体がスカウト教育と組織運営のバランスを明らかに欠き、子供会にむけて
まっしぐらに進んでいる・・・・・そのようにしか思えない。

BVS,CSは一部保護者に迎合するような活動運営なりつつある。
BSは人数減少、出席率、上進率の低下に歯止めがかからない。

そして団執行部はなぜかは知らないが非常に強固な「意図」を持ち始めている。


予算消化についても本当に必要なところに原資を投下するのではなく
「予算」承認されたことが最優先となり、予算そのものが費用隊効果を
考えてその消化が不合理だ、と申し出ても予算承認されているのだから
その金額を消化しろ、と今時、役所だってやらないようなことをやっている。

そのクセ、教育効果向上をねらって新たな予算申請、あるいは予算の転用を
申し出ればそれはまともな議論もなく却下。

団が真剣に考えて結論を出すべきことを地区がやらないから、県がなにも
言わないからといって議論すらしない。

県や地区の御用下部組織にこの団は堕してしまったのだろうか。


なによりもショックだったのはこの団の執行部はスカウトの進歩、進級に
そほどの興味がないということがはっきりとわかったこと。
菊が出ようと、富士を目指そうと一通りのお褒めのことばはあるのだがその名誉を本気で称えようという気持ちはついぞないのだ、ということが明白になった。

活動を地区1、県下1、そして日本1にと目指すこと自体、
「そんなに突出する必要ないでしょ」と
明言された。

うちの隊はスカウトの総意として「ベンチャー憲章」でその活動を
規定している。

そして、そこには
日本一を目指す、 とか 富士章取得を目指す、
と明確に書かれている。

これを団が否定したわけだ。


その上、今年からは何故だか各隊の指導者人事に強い思惑を反映させようと
している。
隊側からあがった人事案に対して執拗に変更をもとめ、ほとんどコジツケと
いうような議論までぶつけてその変更を通そうとする。
BS隊の人事ではギリギリで隊側の主張を通したが、VS隊に関しては要求もしていない副長を
押し付けられることになりかかった。
結局、当の本人の意向もありこれもギリギリのところでインストラクター
で落ち着いたが、
このVS副長をいきなり打診(任命に近い)されたBS副長の意向も
この副長を活動の核と考えていたBS隊長の意向も、そしてなによりも浮け入るれVS隊長たるオレの意向もすべて無視して、いきなりの半ば決定稿としての打診である。

失礼のもほどがある。

悪意に受け取ればここまで執拗にVSに副長派遣を強硬したいという裏側には
オレから隊を近い将来取り上げるという意図があるのだろうか?


口幅ったいが、BSで副長、隊長として5年。
それまで5〜6名だったBS隊の活動人数を登録数25名、通常活動人数
20名以上。 CSからの上進率80%以上(実質100%)。
更には20年ぶりの菊章を毎年輩出できるようにしたとたんに、私のやり方を
嫌悪する一部(2名ほど)の指導者の上申を取り上げてBS隊長を交代させた。

そして2年後、それまで活動実態がまったくなかったVS隊を6名程度の隊
とし年間50日以上の活動実態を作り上げ、それまで一人もでなかったアワード取得、宗教章取得もなり、いよいよ富士章取得が見えてきたら、またぞろ同じ事をやろうとしているのだろうか。


正直言ってもう団には愛想が尽きた。
幸い各隊にはこうした団の所業に不快感をもっている、隊の活動に目をむけている
指導者が数名いるのであとしばらくはなんとか踏み度とまろうと思う。
今のVSの富士取得も見届けたい。

だがそのあとは・・・・・・状況がかわらなければもういいや。
そんな気分もしてきている。


2年くらいしたらどこかにVS隊長の募集はないだろうか。
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2008年07月21日

考えられない! ・・・・その3

この3連休初日にはうちの隊で隊フォーラムを実施した。

そこには5つの団から6名のゲストスカウトが参加したのだが
その冒頭、開式儀礼内でうちの議長スカウトの韓日フォーラム派遣の
壮行が行われた。 奇しくもこの日にゲストとして参加した他団のスカウト
1名も同じ韓日への派遣スカウトであったこともなにかの縁かもしれない。

さらには直前に第一プロジェクトの完修を認定された2名のスカウトへの
アワードの授与も行った。

これらは当初からの予定であり、そのために地区コミにもおいでいただくように
手はずを整えていた。
韓日派遣については団から餞別もでることが決まっておりその授与も
この場で行っていただくことになっていた。
当然だが団委員長には出席を依頼しており前回団会議でも了承されていたはずだった。

ところがその後、都合3回メールにて確認をしているのだがただの一度も返信がない。
メールでの連絡に対して返信のないのはうちの団ではまったくふつうのことなので(この時点ですでにおかしい)
当日を迎えた。

朝、前団委員長(現相談役)から連絡があり、地区コミが来るのなら俺もでるよ、といってくれていた。

そして定刻。
地区コミも相談役もおいでになっている。
スカウトもそろっていてさあ、セレモニーも始まる、という段になっても結局団委員長の姿はなく、電話の一本さえなかった。
正直、驚きはしなかったがなんとも情けなく、涙も出ないというのが感想だった。

セレモニー自体は相談役と地区コミに言葉をいただきまったく問題なく修了したがそういう問題はないはずだ。



そして、今日。 BS隊の中3スカウト1名が先月末に地区の進級面接を修了しており菊章の授与をうけることになっていた。
旧知のPG委員から朝連絡をもらい、記念写真を撮ろうとおもっていたので連れ立って団野営場に向かった。

スカウトが集まり、菊を受けるスカウトの保護者も到着した。
地区委員も到着したし、前述の団相談役もおいでになった。

だが、またしても団委員長はなんの連絡もなくその姿を現さなかった。

式そのものは相談役がおいでだったので恥をかくようなことだけはなかったが
それにしてもである。

一体どういうつもりなのだろうか。

伝え聞いたところでは今期で団委員長を降りる以降らしい。
だが、そうしたことと今回の2件の不祥事(あえてそう呼ぶ)にはなんの
関係もない。
任期の最後に海外派遣の選考に通ったベンチャースカウトが出て、
菊章を認定されるボーイスカウトが出た。
任期末を飾るこんなすばらしい花道はないとさえ思えるのにいったい
なにを考えているのだろうか?

仮にどうにもならない事情があったとしても連絡にひとつすら寄越せない
というのは団委員長という立場を仮に離れても通る話ではない。
団指導者だのスカウト教育だのという以前に成人として「アウト」である。


自分の団を信頼できない悔しさがお分かりになるだろうか。
posted by It's classified. at 19:04| 🌁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

考えられない! ・・・その2

地区フォーラムのテイタラクは前のエントリーに書いた。

そして先日、うちの隊では県フォーラムに向けて(出られる保証はないが)
更なる隊フォーラムを実施した。
日連が公開している全国フォーラムのサブテーマ案からしぼりこんだ
内容で開かれたフォーラムを実施しようと計画し地区内すべてのVS隊に
参加案内を議長名で送付した。

繰り返すが2000名の登録を超えるマンモス地区である。
VS隊の数だけでも20を越える。
だが、反応があったのは2ケ隊の隊長から不参加の丁寧な返事をいただいた
のを例外としてあとの20余隊の隊長からはなんの反応もなかった。

地区内の複数のVS隊長が期せずして集まる機会があった際にこの件が
話題にのぼったことがあるらしい。 だが、それも「またあいつがなんかやってるねぇ」程度の反応のようだ。
私のことをああだこうだ言うのは勝手にすればいい。
問題はそんなことではなく、各隊長あてに送付したこの案内の情報が肝心の
スカウトに伝達されていない、という事実だ。
いやいくつかはスカウトまで届いたケースもあるのかもしれない。
だが、大半は隊長のところで情報が止まっているらしいという事実。

そんななかで地区内から2名の参加希望が寄せられた。
これは以前からうちの隊の見学などで私にアプローチしていたスカウト
自身が私から直接情報を得て、自隊の隊長にこの案内の事実を確認し参加を懇願し了解をとりつけ参加表明してきたのである。
実際には自身の活動予定で参加には至らなかったが参加を希望していたスカウトも
あと若干名存在していた。

隊長たちが握りつぶした情報もスカウト自身は望んでいたという事実があるのである。

地区外にもこれまでにうちの隊を見学に来ていたところを中心に案内をだしておいたのでこちらからは複数の参加申込みがあり
結局、うちを含めて6ケ団、10名のスカウトで半日という短時間ながら
非常に中身の濃いフォーラムを実施することが出来た。

手前味噌で言うが、県には本来こうした準備を積み上げてきたスカウトが進むべきだと
考えている。 名目上の「平等」を振りかざし抽選なんぞで選考することこそ、きちんとした活動を自ら選んでいるスカウトに対して「不平等」になっている。


さらに今回参加した他団のスカウトが終会後に相談してきた。
プロジェクトの指導も技能章の指導も自隊ではなかなか受けられない。
複数の登録はあるが活動を望んでいるのは自分ひとりのため隊会議でも
実際の活動展開が選択されることはなく、閉塞環境にあるという。

非常に身につまされる話で、心が痛む。

私が持っているいくつかの資料とプロジェクトへのアドバイスを送る
ことを約束したのだが、
隊がどうあれ、隊指導者がどうあれ、実際にスカウティングを希求するスカウトは
この登録減少の局面でも確実に存在する。
そうした意欲有るスカウトにきちんとした活動ステージを与えられないのならば
隊も団も存在する意味はない。

地区コミにも相談しこうしたスカウトにできることはないか、という模索もはじめたところだ。
posted by It's classified. at 18:24| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

考えられない!

半年ぶりの更新になる。

これまでも腹の立つこともあったのだが日々の活動に追われて
腹立ちをきちんと記事にまで昇華させることのできないまま過ごしていた。


さすがにここまで書くわけには行かないな、ということもあった。

だが、もうさすがにいい加減あきれた。

どこから行こうか。


まずは地区がらみから。

今年は2年に1度の全国フォーラムの年である。
したがってそれまでに各県連盟1名の参加推薦者を選出する必要も
あるし、その機会ともなるように県フォーラムも開催される。

当然、県フォーラムには各地区から代表スカウトが参加するので
地区フォーラムの実施も必要だ。

そして、本来は地区フォーラムにスカウトを送りだすためにも、
そして地区や県に出られないスカウトの為にも隊フォーラムを実施し
隊での意見集約やフォーラムを経験する機会をもたなくてはならない。

本来ならば、である。

そしてそれらフォーラムの実施内容についても運営についても
出来るだけスカウト自信の手によって行い成人指導者は裏方や環境整備に
徹するのが本分のはずである。

本来ならば、である。


もうこの県、この地区のダメさ加減にはあきれるしかないが
本来の姿からは程遠い現状だった。 

わかってはいたけどね。

まず、地区フォーラム。

日程だけは4月の地区総会で明らかにされてはいたがその内容も詳細も
とんと公表されず、まあ本当のところは決定事項がなにもなく本番の2週間くらい前から泥縄のような仕儀で決定情報が各隊にもたらされた。

登録数2000を越える、ちょっとした県連規模を誇る地区でありながら
単地区では地区フォーラムすら実施できないテイタラクのために近隣
3地区の合同開催である。
しかもそのテーマは全国フォーラムとはなんの関連もないもの。
その決定の経緯にしてもきちんとした議論などなく会議を仕切っていた
とある団の育成会事情によって半ば強引に決定されたものだった。
なんで正論をぶつけて反対する声があがらないのか不思議でならないが
まあ、その程度の見識の方々が委員をやっているわけだ。

うちの隊では曲折を経つつも全国フォーラムに向けたテーマをもって
直前に隊フォーラムを実施のうえ地区フォーラムに臨んだが、当然の如く
隊フォーラムを実施してきた隊など他にはない。

隊フォーラムの報告議事録のコピーを持参して是非全国に向けた議論を、
と訴えてもなんだかんだでほとんど無視されることになる。

わかっちゃいたけどね。


そして、それが終われば次は県フォーラムである。

例によっていつまで待っても詳細が不明のままだったのだが今月(7月)
の初頭に県PG委員会から地区PG委員会に実施要綱が降りてきた。
各地区から5名の推薦をする、という参加枠もこの時に始めて公表された。

ところが我が地区PG委員会はこの件を審議していたのかただ抱え込んで
いたのかは知らないが2週間以上そのままあっためていた。
そして先週末にようやく地区フォーラム時に県への参加意向を示していた
隊にあてて案内が出た。
対象スカウトは11名。 でも参加枠は5名。
どうやって選考するのだろうか? その選考基準も明らかではないし
別段面接などが用意されているわけでもなさそうである。
たぶん11名のなかから数名は「やっぱりや〜めた」が出ることを想定
しているのだろうし、それでも5名を越えれば抽選にでもするのではないだろうか。 そしてそれが公平である、くらいに思っているのではないだろうか。

真剣勝負の地区フォーラムを実施しそこできちんと「選考」する、なんていう概念は
はなから持ち合わせていないのだろうから、(その証拠に地区フォーラムは本当のフォーラムとは似ても似つかないフォーラムの説明講習会の域を出ないものだったしなによりも最終の合意形成たる決議文採択をしていない!)その程度の認識なんだろうと思う。

うちは当初から真剣に全国を目指して隊フォーラムを実施して地区に参加した。
さらには県にむけて更なる隊フォーラムを公開実施し意識を高めて準備をしている。

だが、くじびきで県への参加が叶わなかったらどうスカウトに説明すればいいのだろうか?
スカウトの参加姿勢が、スカウトのフォーラムへの理解が、そして意欲が参加に及ばず、と評価されるのなら致し方ない。
(うちのスカウトの姿勢ではまだ不足というのならそれはたいしたものである)
だが、そこまで真剣に考えての選考がなされるなんて考えられないのだから既にスカウトへの言い訳のしようはない。


だからこうした行事を『アリバイ工作』と言われるのだ。

各委員、各担当者は襟を正していただきたい。
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2008年01月27日

先輩スカウト

先輩スカウトの存在はあったほうがいい。

それは間違いないと思う。

ところが今のうちのVS隊のスカウト、特に高1のスカウトには
先輩と呼べるスカウトがいない。

いや、もちろんある時期には先輩は存在したが、彼らがBS隊で2年目
を迎えるころには退団したり、活動に来なかったりで実質的に先輩の背中
を追うことはできなくなっていた。

VS隊に上進した際にはその上進式の一週間前にそれまでVS隊に登録
していた2名の先輩スカウトが相次いで退団した。
それまでもほぼ活動には出ていなから実質はあまり変わらないのだが
ともあれ、そんな事情で彼らには先輩スカウトがいない。

私のようにスカウト経験のない指導者にはこの先輩がいない、ということの
意味が体験的に理解しずらい。

不遜な言い方だが「ダメな先輩ならいないほうがいいじゃん」と思ってしまう。

ところが、スカウトの立場からするとやはり先輩がいたらなぁ、と思うこと
は結構あるらしい。

活動そのものは自分達が頑張ればなんとかなる。
でも、雑談とかリクレーションの時間に先輩の存在があったらなぁ、と
思うことが多いらしい。


先日、うちの議長ともう一人のスカウトとミーティングが終わりある店で
コーヒーを飲みながら雑談していた。

「あれっ?」という声がして振返ると私の後ろに元スカウトの一人が
立っていた。

昨年、ある国立難関大学に合格したうちのOBである。
BSではそれなりにがんばったスカウトである。 最終的には菊スカウトに
進級した。

ところがなにがどうしたのか知らないが、その授与式に本人は来なかった。
その直後VSに上進したが、(この年に私はBS隊の指導者になった)
ほぼ活動はなかった。 地区のフラッグ隊に参加しそちらの活動は一年間つづけたことは知っている。
そのフラッグ隊経由の参加で13NJにも参加した。

それまでの団の歴史のなかではそれなりに優秀なスカウトだった。
だが、VSとしての活動はほぼないし、アワード取得もない。
隊の体制のとばっちりを受けた、ともいえるだが団行事への参加もほぼ
なかった。 最近はRSへの登録は保護者からの申し出でしていたがそれにしても
登録だけでここ数年どんな場面だろうと顔を見ることはなかったしこんどの登録では非継続になる。

そんな「元」スカウトが先輩スカウトとして姿を現した。
その場に居合わせたスカウト達は議長は顔は覚えていたが、もう一人は顔も
記憶がないと言い切った。

それから、その場で私たちがPJの経過について話をしていたのを受けて『自分の経験』を話し始めた。
だが、このスカウトにPJの履歴は無い。 アワード取得もないしVS章はとったらしいが、そのレポートは団には残っていない。

その話を聞きながら私は、そのスカウトには悪いが非常に不快な気分に
なった。 まともな活動をしていなかった「元」スカウトが虚構を取り混ぜながら経歴をひけらかす、そのことが不快だった。
活動に魅力を感じずに活動から足が遠のいたのならそれはそれでいい。
だが、それならば何故、「先輩面」して後輩の前で風呂敷を広げたがるのか?
本人はアドバイスをしているつもりかもしれないが、その「元」スカウトがやっていた
スカウティングとは似ても似つかないことを今のうちのスカウトは実施している。

懐かしさでお茶でも一緒に、ならばそれでいい。
たとえある時期とはいえ同じ団で活動した仲間である。 懐かしい話に華を咲かせよう。
だが、「自分は富士は取る気はなかったから」とまずいい訳をしてから
訳のわからん自慢話をひけらかすというのは受け入れられない。


実は以前にやはりVS時代、RS時代(今でもRS年代だが)に何も
してこなかったOB(現隊指導者)が『先輩としてアドバイスしたい』と
言い出して隊長(オレだ)にことわりもなしにVSスカウトに召集をかけていた。

ソッコーで本人に連絡して「先輩が『たまにはお茶でもおごってやる』といって活動帰りにコーヒースタンドかどこかで皆にジュースでも振舞ってしばしおしゃべりならば是非おねがいしたいが、ミーティングであるのなら隊長承認なしでは困る」と話した。

とたんにその召集を中止してそれ以来VS隊に寄り付かなくなった。


活動らしい活動ができていなかった世代からみたら今の隊はたしかに
うらやましいだろう。 事実、前述のOBはうちの今のVS隊をみて
「もういちどベンチャーをやり直したい」と口にした。

しかし、先輩面をすることを第一義としていまのスカウトの前には立って
ほしくない。


やはり先輩にはその後姿で後輩を引っ張っていってほしいのである。
posted by It's classified. at 15:41| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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